キスを



なんて言う言葉が似合うのだろう、欲張りでも我儘でも自分勝手でも俺様でも。


「なんでさっきキスするの拒否しやがった。」


自分の手の中にあるものを見せつけること、ソレが金持ちのステータスってやつなら悪趣味だと思う。つまり目の前にいる跡部は悪趣味って事になる。


「何が楽しくて映画の終わった後でキスしなきゃならないんだよ。」
「あーん?恋愛映画だったじゃねーか、そういう気分になってねぇ方が可笑しいんだよ。」
「せめて人目のない所でするのが常識。」


映画館で夏休み限定で学生が安くなっている、と聞いて跡部を誘ったのは俺だけど。まさかスタッフロールが終わって照明がつき周りの人たちが席から立ち上がる最中、俺に覆いかぶさってきた、だから思わず手が出てしまったのだ。
それが跡部が不機嫌の訳。その後ときたら腕を引かれながら歩かされデカイ黒い車に乗せられ跡部の家へ連れていかれて。そして今の喧嘩に至る。

跡部は自分に自信がある、そして自分が選んだものが正しいと思っている。つまり仮にも恋人として選んだ俺にも自信があるのだ。跡部は。
だけど俺は自分に自信なんかない、あるのは跡部の隣にいられるという幸福感だけ。ちょっとだけ特別なんだぜっていう優越感だけ。自信はない。


「今までだってキスしてきたくせに、人目があると嫌だってことか?」
「当たり前だろ!」


そのあたり世界観が違うというか…どこか重点を置いているポイントがずれているというか。人目を気にする俺と人目を気にしない跡部は時たまチグハグな所がある。
例えるなら「ロミオとジュリエット」、俺は作中そのもののロミオだ。ジュリエットの事に何も気付けずに1人悲しみ死んでいくのだろう…ジュリエットに何も残せずに。
でも跡部は自分で運命を切り開くのだろう、ジュリエットの悲劇も自分から死に行く事も何もない、どんなことがあっても自分が望む世界を作り上げるのだ。真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに幸せへ向かい進んでいく。

だから「恋愛映画を見てキスがしたくなった」と思ってしまったのなら、周りなんて眼中になくソレだけに向かって行くのだ。もしも俺がそういう気分になっても出来ないと思う。


「なら、今ならいいのか?」


拒否したキスを返せ、なんて不機嫌な顔のままで引き寄せられたって心臓はドキドキしないよ。どうせなら跡部らしく夜景が綺麗な薔薇を飾った部屋で笑顔で言ってほしい、苛立ちで細められる瞳にも下げられた口角にも掌に込められる力にも、愛情を感じられない。


「…駄目。」


俺の好きな跡部は今はいない。


「機嫌いいときにしてくれるキスが一番好き。」


でもそういう言い方したら誤解されるから、隠しておこう。どんな跡部だって好きだけど不機嫌な時は嫌いなんて教えない方がいい。その方が幸せは大きくなる。
そうじゃないかな、あれ俺が変なのかな。




笑顔で噛みあうキスを




俺様が愛した恋人はそう言うなりにんまり笑うだけ。
機嫌がいいときにするキス?それは確かに気持ちを渡しあう幸福のキスなんだろう、だが誰のせいで機嫌が悪くなっていると思ってんだ?
それでもソレ以上、何も言ってやれないのはたまに魅せる…この隠し事していますと言っているような笑顔が美しいから。美しい物は愛でるものだ、理由はどうあれ出会えた笑顔に今は頬にキスをするだけで許してやろう。

なんて言う言葉が似合うのだろう、気まぐれでも策士でも小悪魔でも臆病者でも。


「次、キスするときは覚えとけよ。」
「…意味が分からないな。」
「その時思い知らせてやる、楽しみにしとけ。」
「うわぁ…。」


手の中にあるものを愛でないでどうする?他の奴等に見せつけないでどうする?
籠の中で咲き枯れていく薔薇ほど美しさと悲しみを両立している物はないんだぞ、お前は何も知らないんだろ。俺様がエスコートしてやるんだから胸張って前向いていればいい。
例えば「ロミオとジュリエット」のジュリエットように、1人で勝手なことしてしまわねぇように。必ず幸せにしてやろうじゃねーの。


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好きなキス
回文的な


2014,07,22


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