見て



無愛想な顔が、ほんの少しだけコンプレックスだった。
生まれつき口の端が下向いていた、目が悪いくせに眼鏡が嫌いで裸眼でいるもんだから細められる瞳、寄せられる眉の間にできた皺、それを隠そうと伸ばしたら余計に怖さを引き立ててくれる前髪。


「おー!完ペキパーペキパーフェクト!」
「…菊丸からしたら、だろ。」
「そんなこと絶対にゃーい。」


一年生の時と二年生の時と、ずっとクラスで孤立していた俺に声かけてきたのは菊丸英二だった。なんというか馬鹿のように明るくて凹んでいるところを一回も見たことがない。
常にしかめっ面の俺と天真爛漫、笑顔が尽きない菊丸は不二から「まさに凸凹コンビだね」と笑われるほど正反対な存在。

見た目も性格も、何もかも違う俺は昨日なんとなく菊丸にコンプレックスの話をした。そうしたら、今日。部活が終わるなり手を引かれ菊丸の家へ連れて行かれた。
大家族だとは知っていたから遠慮したがまだ姉も兄も帰ってきていないからと言う言葉に甘えて…菊丸の部屋へ入れば、乱暴に学ランを脱がされるし鞄の中に入れっぱなしだった嫌いな眼鏡を掛けさせられるしワックスだかムースだか何だか知らないもので前髪を上げられるし…。


「いいじゃんいいじゃん!」
「…マジ、何したわけ?」
「ただ格好良くしてあげただけだよん。」
「格好良く?」


この人生、人との関わりをあまり持たず生きてきた俺とは無縁のお言葉にいつも様に眉間に皺が寄る。何を言っているんだこいつは…と見ていれば「眉間に皺禁止!」と額を軽くぺちりと叩かれる。


「昨日顔が嫌だって言ってたじゃん?そのあと不二と、絶対にイケメンだよねーって話したんよん。んで確認してみよーと思って!」


二カッと笑顔のまま、額を叩いた手で皺の痕が残っている眉間をぐりぐりと撫でまわされる。人にそこ触られると自然と瞳を閉じてしまう。

俺は俺のことを、一度も格好いいだとかイケメンだとか思ったことはない。いや自分でそういうことを思うのは相当な格好いい奴にしかできない事なんだろうけど…。そんなプラスな思考を持った記憶がない、怖そうな顔とかビビられそうとかマイナスなことしか考えたことがない。
そんな顔だ、真黒な学ランを脱いで眼鏡をかけて前髪を上げて眉間の皺をなくした程度じゃ印象なんて変わるわけない…下向きがちな口の端がより一層下を向いた。


「ありえねぇし…なに言ってんだか。」


眉間を撫でてくる菊丸の手を掴んで眼鏡越しに睨んだ、瞳を細めなくてもくっきり見える世界は良いと思うけれど…俺の顔を見て怖がったり視線をそらす人たちの顔までまざまざと見せられるから嫌なんだ。
いくら菊丸が俺に慣れているからって瞳を細めていない状態で見たら視線をそらすかもしれない…いや、逸らしてほしい。そして否定してほしい、嘘でしたって。


「ビー玉っぽい。」


言って、ほしい。


「俺ね、気づいていたんだにゃ、綺麗な瞳しているんだって。ちゃーんと見たかったんだよーん。」


そっと、そっと。
眼鏡のフレームをなぞる菊丸の指先が視界の端に移りこんでくるのが気になって、つい目で追ってしまう。なんてことを言っているんだろう、思考は言葉を追いかけ視界は指先を追いかけ。
ガラス玉の様、なんて褒め言葉は菊丸の瞳へ向けて言うべき言葉。猫のようなツリ目はいつだってパッチリと綺麗に開かれていて楽しいもの探しに爛々としている。それがガラス玉のように見える時がある。
菊丸が言った言葉は俺が菊丸に言いたかった言葉、でもそれを先に言われてしまった。隠しに隠し続けていた大事な言葉を取られてしまった。

ガラス玉の瞳が、俺を映しこむ。いつもの三倍くらい大きな瞳で菊丸を見ている、前髪があげられ眼鏡をかけた…別人みたいな、俺が。


「…どっちが。」
「ん?」
「鏡代わりになる瞳の方が、ビー玉じゃねーかよ。」


口の端、上を向いた。あぁそのせいで細められる瞳の弧がどうしてこんなに柔らかなのだろう。菊丸の瞳の中にいる俺、ちゃんと笑えた。俺の瞳の中にいる菊丸も、すごく笑っている。




瞳を見て




「もったいないにゃー。」


帰る前に、前髪をぐしゃぐしゃかき混ぜていつも通りの髪型に戻した俺に菊丸が唇を窄めた。せっかくスタイリングしたのにって?別に俺はしてくれって頼んでいなかったし。
学ランを手にした、俺の左腕のワイシャツがクイッと引かれて菊丸を見れば大きな瞳がまた俺を映しこんでいた。やっぱりガラス玉、どっからどう見てもガラス玉。


「俺は髪切る気とかないし、いつも通りで明日会えるって。」
「そーじゃにゃくって…うーん、良い言葉が出てこないよん…。」


クイッと優しく引かれていた力が少し強くなってグイッと言った雰囲気に変わる。でも当の本人は心底お悩みの様でうんうん唸りだした。
助けてやりたいのは山々なんだけど、俺を表現する言葉探しなら助けたいとは思わない。違和感あるぼやけていない視界に色んなところを見ながら何も言わず待っていてやれば、


「アレかにゃー?独り占めしたいっていうやつ…なんて言うんだっけ?」
「…」


待ってやらなきゃ良かったと、後悔した。そしてこの日を境に毎日眼鏡をかけて登校するようになった俺がいた。


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独占欲と
秘密主義
だにゃー


2014,11,04



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