覚めて



夢とは睡眠中はそれが夢だとは意識しておらず、目覚めた後に自分が感じていたことが夢だったと意識させられる現実のような現実じゃない世界。
俺はだいたい眠る前に考えていたことが夢となることが多いと思う、家族のことや友達のことや学校のこと。よく見るのはそう言ったところ。


所が昨日の夜に見た夢が、恐ろしいほどリアルだったんだ。
俺は日直だったらしい、窓の外がオレンジ色で教室には自分以外いなかったから居残って日誌でも書いていたんじゃないかな。
自分の席に座って、白紙のノートと向かい合っていた俺はなぜかシャーペンを持っていなかった。どうやらペンケースを忘れたらしくて「どうやってこの白紙を埋めればいいんだろう」って悩んでいた。

別にここまではリアルじゃない、むしろあり得ないことだと思う。ペンケース忘れて日誌書けなくて途方に暮れているとかあり得ないじゃん、これでも友達結構いるんだぞ。
でも、思い返せば夢の中の学校は人気がなかった。自分以外の命という命がいなくなってしまったというほど何一つ物音がしなかった。静寂だけ、そこに居座ってくれていた。

とにかく夢の中の俺は困っていた、白紙を埋める手段がなくて。ただ途方に暮れていた、ぼんやりと呆けては時間ばかり浪費させていっていた。
このまま教室のオブジェクトと化して翌朝までクラスメイトを待っているはめになるのかも…と、やっぱり危機感無くやんわりとした思考の中で思っていた、ら。


『やっぱりここに居た。』


廊下から、声が聞こえてきた。
その声は息切れと見つけたという達成感からかずいぶんと弾んでおり、その人の良さを引き立てるものだった。
小さいころから聞きなれていた声だ、引かれるままに鉄の棒となりかけていた首を動かして扉の方を見れば夕日を弾く銀色の髪が瞳に飛び込んできた、思わず瞼を下しそうになるほど眩しい色。
はっきりとした目鼻立ちに柔らかな笑みは眩しさを増すばかり、黒い学ランまでもが色を変えてしまいそうなほど。そいつは、幼馴染のサエだった。

やっぱりって言った、今もまだ息を切らし上下する肩を見るところ部活が終わってすぐに教室へ来てくれたのかもしれない。
夢の中の俺は「待っていた」とか「遅い」とか、そういう考えは一切持っていなかった。ただ思ったのは「サエだ、サエが来た」という客観的な思考。


『もしかしたら日誌書いているんじゃないかと思ってさ。』
『あー…うん。』


汗をかいていたのか手の甲を額に当てながら、俺の方へ歩み寄ってきたサエの笑顔は曇り知らず。晴れやかな笑顔に俺も少し釣られて笑みを零しながらいまだ机の上にある白紙を見た。
真っ白すぎて笑えてしまいそうだ、新雪降り積もり誰も歩いていない世界のよう。美しい世界が目の前にはあった。

コツコツと律儀な足音がゆっくりながら確かなリズムで傍へやってくる、無駄のない正確すぎる音に今一度顔を向けた、と同時に足音が止んだ。
案外あっさりと俺の傍へたどり着いたサエが少し腰をかがめて俺の顔を覗き込んだ、『困っていただろ?』と吐き出した唇がオレンジ色なのに髪の銀色は決して負けていなかった。
こういう宝石をどこかで見たことある気がしたが、夢の中の俺では思い出せなかった。


『ほら、貸すから早く済ませな。』


鞄の中から取り出された一本のシャーペン、近所の本屋とかで良く見かける普通のシャーペンが机の上に転がされた。
やった、これで帰れるんだ。夢の中の俺がやっと思考に色を付けた、今まで呆けてばかりで何を考えているのか自分なのに理解できなかったけれどやっとここで喜んでいるのを感じた。
シャーペンを手にして、かちりとノックすればひょこりと顔を覗かせた黒い芯。待ち望んでいた筆記用具に笑いながらサエを見上げた、

だけの、はずだったのに、目の前いっぱい、長い睫毛で何も見えなかった。

見えているのに見えていない、その矛盾に開いた唇が感じたのは何かによって塞がれていたという事。開けるはずなのに開けない、その矛盾と戦っていると俺の後頭部を撫でられた。
撫でられた、そう目の前の…

目の前に、誰がいたんだっけ?

随分と急に訪れたリアルな感触にすべてを忘れてしまっていた、ただその褒めてくれているような優しい手つきと柔らかな唇を塞ぐ何かが心地良かった。だから、瞼を下した…そこで、目を覚ました。







覚めて夢
   を
   知
   る




「おはよ。」
「お、おう。」


毎日のように一緒に学校へ向かう幼馴染と毎日のように行っていた会話が今日はうまくいかない。それどころかいつもなら笑えるのに、今日は笑えもしない。雨の時も、風邪を引いた時も、悲しい時も、いつだって笑って挨拶できていたのにあんな夢の後は出来るものも出来ない。
どうしてあんな夢を見てしまったんだろう、寝る前にサエのことを考えていたっけ?日直もまだ当分回ってこないのに…なぜ俺はあんな可笑しな夢を見たのだろう。

しかも、何が大変って、残っているんだ。

眩しいと感じた銀色も伏せられた長い睫毛の景色も、唇を塞がれていたという感覚も後頭部に回された掌も…全部。

あれは本当に夢だったのかな。


「どうした?なんか顔赤いけど、熱あるんじゃ…」
「そ、そうだといいな。」
「え?」


昨日通りの俺たちには戻れないかもしれない、それでもサエは良いと言ってくれるだろうか。夢のことを話すのは恥ずかしいし難しい…今の、俺じゃ。

とりあえず学校へ向かい歩き始めた瞬間、俺の脳裏によみがえったのは夢の中に出てきたシャーペン。
あ。あれって二週間前くらいに俺がサエに貸して、すごく書きやすいって気に入られたからあげた奴だったんだ。
よりリアリティを増した夢に、頬の赤みが増しそうだったから掻いてごまかしておくことにした。


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夢のなかまで。


2014,11,04



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