27.まともな喪失感



俺達以外、誰もおらんと思っとった空間に突如現れたのは今日も昨日も見た顔やった。
絵本や映画なんかで見かけそうな無駄をなくした綺麗な顔立ち、そんで色素の薄い髪をなびかせるソイツは四天宝寺で一番ええ男やなんて言われとる。
ただ今は少し申し訳なさそうな笑顔でコッチへ歩いてきよった。


「蔵じゃん。」


ソイツの愛称を呼ぶ慎は持っとった靴をそのままに、俺とは反対の向きに居る白石の方を振り返った。靴を持っとらん手でマフラーを少し下げ…多分、笑顔を向けとる。
俺達は一緒に帰る所、あとは慎が靴はいて帰るだけ。
それだけやのに今日はそうもいかんらしい。真剣みを帯びた白石の表情に俺も違和感を覚え慎で隠れそうな白石を見ようと首を傾げる。


「ごめんな、もう帰るとこやったか?」
「うん。」


上履き脱いでスニーカーを持っとるから誤魔化しようがないっちゅーことでか、慎はあっさり頷き急に俺の方へ振り返って「ユウジと帰るとこ」と笑ってくれよった。あまりにも前触れのなかった行動に俺は何も言えんで小さく頷くだけ。
しかし俺の事などあまり興味がないらしい白石はパンっと音を立て両手を合わせ慎に頭を下げた。


「慎、ちょお手伝ってくれへん?」
「…なにを?」


いきなりの白石の願いにほんの少し間を開け、首を傾げよった慎のハッキリしない返事に俺は存在する場所を失ってもうたみたいにソレを眺めるだけ。
さっきまで隣を許されとったのに今は半径15メートル以内にいるのも悪いことやないかってもうほど白石と慎の会話にいれてもらう事ができん。ただ目の前で進んでいく話しを聞いてはどないするんやろう…なんてボンヤリ眺めるだけ。


「学校祭のことでな…謙也に逃げられてもうて。」
「あはは、謙也に逃げられたら捕まえられないからな。」
「せやねん…。」


あのスピードスターが何やら「えらいこっちゃ」と慌てて帰ってしもうたんや、と項垂れ話す白石に慎は持っとったスニーカーを靴箱へ戻した。そして代わりに上履きを取りだし床に置いた。

まぁ、そうなるんやろうな。

会話を聞いとった俺はなんとなくそうなるんやって薄々感づいとった、そこまでアホやないし…なにより慎が困っとる友達を放っておくわけないしな。…なんて、知った風で自分に言い聞かせても気分はがた落ちやで…。
せやけど此処であからさまに肩を落とすやなんてしたら慎にどう思われるか分からんから、無意味に背筋を伸ばしてもうた。

靴を履き替えた慎が俺の方へ振りかえったその顔、眉を下げて頭を小さく下げて。
そんな顔、見たないのになって…俺も釣られて眉が下げてもうた。


「ユウジごめん、今日は先に帰ってて良いよ。」
「時間、かからんのやったら待っとるけど…どんくらいかかんねん。」


やっぱ何処かでは諦めきれん自分がおったらしい、気付いた時には『待っとる』なんて言うていた。やってせっかく一緒に居れる思うてたんに…。
慎の向こうに居る白石に体をわざわざずらして顔が見えるようにして聞けば「んー」と頭の中で計算を始めよった。って、計算せなあかんくらい時間かかんのかい。


「せやなぁ…よう分からん、けど30分は確実やで。」
「…なら、先に帰ってた方がいいな。」


そんなに待たせられない、そう続けた慎は眉を下げたまま笑って鞄を持ち直した。
正論やと思う。学校の玄関で30分、それも生徒が通るかどうかの時間に30分はキツイ。
…せやのにどうしようもなく傍におりたいって我儘が沸き上がってまう。やけど30分で済むんやったら待っとる…とは言わず、此処は素直に頷き俺も鞄を持ち直す。

あれやこれやと考え込んだ末、此処に居っても邪魔になるだけやしと我儘を無かったもんにして、下げとった眉を上げ笑いながら慎に小さく手を振ってみる。


「気にしとらんから、そないな顔せんとき。」
「でも、」
「ほなまた明日。」


何か言いたげな言葉を遮って俺は方向転換し外へ向かって一歩踏みだした。
喋りすぎてもうたら、慎達について行ってしまいそうやったから。今でさえ後ろ髪を引かれとるような気がするのに…。
白石と二人っきりやったら嫌やな、なんて考えも学校に置いて行けたらええのにな。俺の頭の中にこびりついたまま。そのまま振りかえらんで真っ直ぐ歩く。

とにかく真っ直ぐ歩いて歩いて校門をくぐり抜け、真っ直ぐ歩いて歩いて最初の角を曲がった所で俺はやっと息を大きく吐き出した。


「はー…。」


空を見上げれば、太陽の光は俺の元まで辿りついたらしい。黒く重い雲が何処にも居らんかった、これを教えてくれた慎とスカッと晴れた綺麗な空を共有したかった。


「なんで1人で歩いとるんやろ…。」




まともな喪失感




―ヴーヴー…


「おかんから電話やと?あかん嫌な予感が……もしもし…」
『ユウジ、お金どんぐらい持っとる?』
「二千円くらいやったはずやけど…。」
『帰りにキャベツとソース、買うて帰ってきいや。』
「はぁ!?」
『晩飯お好み焼きやで。』
「お好み焼きやのにキャベツとソース忘れるとかアホか!!何を作るつもりやったんや!!」
『キャベツなしソースなしのお好み焼き食べるのが嫌やったら買ってき。』
「くっそ…後で金だせや!」


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お好み焼きはおかず(関西常識)


2013,10,29

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