06.まともじゃなかった



『ユウくん、大丈夫なん?』


22時37分、小春からの電話に意識が浮上した。宿題せなあかん、とノートに向かったまでは良かったんやけどいつの間にか瞼が落ちとった。
部屋の電気もウォークマンもつけっぱで机に伏せて寝とった…。

マナーモードの振動にビックリして起きて画面を見れば「小春」の文字、寝ぼけとる頭でも分かった。先に帰ってしもうた事を心配してくれとるんやって。

電話に出れば「もしもし」の次に言われたのが「大丈夫?」の言葉。
もうやる気のおきん宿題を片付けながら椅子に深く座る。大丈夫っちゅーのは、やっぱ体調悪い言うて帰ったからやろうな…。


「おん、平気やで。」
『もしかして寝とった?』
「少し。」


体調なんかどこも悪ないけど、ただ疲れて寝とった。多分泣いたせいもあるんやろうけれど。
声が寝起き特有の低い声になっとったからバレたんやろうけれど、何も知らん小春からすれば体調が優れんから寝とったと取れるやろうな。


「せやけどもう大丈夫やで。明日休みやし…丸一日寝とれば良うなる。」
『そう?心配やわ…。』


あんま心配かけたないからと繕った言葉で小春を安心させたい。ほんまは全部知ってほしい気もすんねんけど…これから小春だけ知って生きたいから我慢するとこは我慢せんと。

もう、小春しか知らんでええって湯船いっぱいのお湯に沈みながら思った。
顔の半分まで浸かりながら口から溜め息を吐き出せば、ぶくぶくと泡となってぱちんぱちんと弾けて綺麗なもんに見えた。
おかんに洗濯を頼んだタオル、渡す時にちゃんと素っ気なく渡さな。笑わんで、瞳も見んで、「おおきに」ってだけ言うて、さっさと帰る。

それで今までが帰ってくるんやったら、俺は構わんってちゃんと胸張って言える。

椅子から立ち上がってベッドに座る。ぎしりと軋む音を聞きながらヘッドバンドを外して髪をくしゃくしゃにかき混ぜる。もう寝る、小春との電話終わったら寝てやる。


『なぁユウくん。』
「ん?」
『天城慎きゅんと、なんか話したん?』
「え゛、」


心配かけへんようにしたら電話を終わらすつもりやったのに、小春は予想外にも俺の核心へ触れてきた。
コートから見える位置までは一緒に行っとったから小春も見ていたんやろうけれど、まさかソレを聞いてくるやなんて…。

いや、俺が小春の立ち位置やったらって考えたら…確かに聞かなあかんか。パートナーの様子が変わった原因かも思うたら聞くよな。それに天城が気になっとるのは小春も知っとることや。
気になっとる奴と2人でコートに着いた途端、なんも言わんで背を向けてパートナーのとこへ着くなり体調悪い帰るやなんて言うたら…そりゃな。


『ユウくん…別に言いたないんやったらええけど、考え過ぎたらあかんよ?』


電話越しの小春の声は、あまり聞かない真剣かつ不安げな声。俺を支えてくれる大事な小春をなんでこんな不安がらせとるんやろ。俺はほんまに小春のパートナーでおってもええのかな…ごめんなって言っても小春を安心させれんのやろうし…。

全て話すべきなんやろうか、俺が諦めた事も小春だけでええって思っていること。タオルを借りた事も名前を呼ばれて嬉しかった事も。


「…あんな、」


頭を巡る今日の出来事、ソレを整理するんは大変や。時間がなんぼあっても足りんと思う。せやけど唇は勝手に動く。
今日の出来事も思いも眩しさも涙も何もかも、風呂の時の思いもタオルの事もこれからの事も。

小春は知っとる、ビビりで臆病で人見知りで怖がりな俺を。


「…俺、やっぱあかんのかな。」
『ユウくん…タオル返しにはいくんやろ?』
「おん、借りてもうたし…それは返さな。」


何も責めんとただ聞き続けた小春は返しに行くのを確認しては、小さい笑い声を洩らした。いやそれくらいはするで、持って帰ってきてもうたし…流石にそこまで非常識とはちゃうし。
でも小春はそんな心配をしとるんやなくて、


『ユウくん、蔵りんや謙也くんはお友達やないの?』


何かを感じ取って笑った。せやからいきなり俺に問いかけてきたんやと思うと、電話先の小春の笑顔が楽しそうに綻んでいるのを感じる。
問いかけに心臓が止まった気がした、大きく音を発して数秒、止まり俺の体のリズムを崩す。異常事態やと感じた脳は何もかもを追いだして小春の言葉だけを反響させた。

ともだち、友達って、あの?


『ただの部活仲間やないと思うで?蔵りん達はお友達やよ。』


あれが友達なら、天城に向けているこの想いはなに。
考えれば考えるだけ苦しくて、他の奴へ意識が向けられれば泣きたくなって、俺に許される時間と居場所が心地よくて、もっと知りたいってもっと話したいってもっと傍にいたいって…。

全て、初めて思ったことやのに。


『ユウくん、それはな嫉妬やよ。』
「し、っと…」


22時49分。
眠気がぶっ飛ぶ小春の言葉を口ずさめば、何処かの鍵が開く音がした。心臓の裏の方、俺も知らん何かの鍵。それの名前も知らん、知っても何もできんやろう物が外へ一歩踏み出した。


「俺…嫉妬、しとったの?」


ふふっと柔らかな小春の笑い声が肯定した。




まともじゃなかった




電話が終わったのは、結局23時23分と綺麗に数字が並んだ時やった。

嫉妬ってこんなんなんか…小春の時はもっとちゃうかった。小春の時は不安やった、俺の小春やのにって思えた。

けどアレは…小春が言う今日のアレはそう思わんかった。

俺が傍に居るのに他の誰かへ向けられる笑顔が切なく寂しく…遠く遠くへ行ってまいそうな孤独が俺を包んで泣きたなって…。

あれが、嫉妬?


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眠るまであと3時間。

2013,08,05

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