▼07.まともなときめき
昨日一日中寝とった。
練習も無かったし予定もなんも無かったからとはいえ…一日中寝たら逆に眠くなった。
ええんや、その前の日は寝れんかったし…ええんや…。
ボンヤリする頭でデカイ鞄を持って玄関へ。座りこんで靴ひもを結んでクソ重い鞄を背負って、
「ユウジ、これ忘れとるで!」
おかんが俺を呼びとめる。
なんやねん、と振り返ればおかんの手には白いタオル。視界に入れれば心臓がバクリと弾んだ。小春のせいや…小春が嫉妬やどうのこうのって言うから意識してもうた…。
ほいっと渡されるフワフワのうちの洗剤の匂いがするタオルを鞄の中に、出来るだけ皺にならんようにいれれば、おかんはコレもと俺に渡してくる。
透明なビニール袋の中にいくつかのお菓子を入れたもの。俺の弁当のあとのおやつか?と聞けばスパンっと殴られる。
「い…っ、」
「アホ。借りた子にあげるんや、ちゃんと礼せなあかんやろ。」
「…せやからって殴ることないやんけ!」
「殴ったら天才になるかもしれへんやろ。」
なってたまるか!と言葉を吐き捨てながら、今度こそ鞄を持って家を出る。ちゃんと菓子もタオルも持った。
いつもの通学路を歩きながら軽いくせに倍くらいの重みを感じさせる二つをどうやって渡そうか悩む。クラスに行って白石か謙也呼んで天城連れてきてもろて、渡して…そんで…
(…ちゃんと、謝るだけや。)
一昨日の小春との電話を思いだす。
嫉妬がどうのこうのという話しの後、通話を切られる5分前。小春は謝るんやよ、と俺に釘さした。なんでや、そう言ってもうたら大きなため息を吐かれた…すまん。
何も言わんで先に行ってもうた事を謝るようにと言われてもうた。小春の話を聞けば俺が帰った後、天城は何か機嫌を悪くしてしまったかもと小春に話かけたらしい。
そんくらい心配しとったからちゃんと謝らなあかんよ、小春はそう言って俺を言いくるめて電話を切った。
(はぁ、鬱や。)
馬鹿みたいに晴れとる空を恨みながら学校へ向かう。なんて言えばええんやろってことだけ考えながら歩く道は、いつもよりちょお長く感じた。
昼休み。
小春が「弁当を食べる前に渡しといで」そう言って俺を教室からポイッと捨てた。
「こ、小春…っ!」
「もー、なんで朝渡しに行かんかったの?」
「せやけど、なに言うたらええのか纏まらんくて…」
「お弁当食べずに待っとるから。」
言い切るなりピシャリと教室の扉を閉め切られる…こ、小春…久々にこんな冷たい小春を見た…!
あかん、もう泣きそうなんやけど。まさかこんな冷たされるやなんて思わんかったし、ウジウジしすぎて見捨てられてもうたかもしれん…世界の終わりにも似た失望感を感じながら、仕方なく白いタオルとおかんに持たされた菓子を持って歩きだす。
あぁぁぁ…結局、結局何言うたらええのかまだ決まっとらん…。朝も考えた、授業中も考えた(おかげで先生に殴られた)。やのにいまだ考えがまとまらん。
うだうだ考えとればあっという間についてもうた天城や白石達のクラスの前。全身重いんやけどそれはどうすればええの?と誰かに聞きたい叫びたい思いをグッと堪えて、まずは教室の中を覗く。これで天城が居らんかったら机に置いて帰るだけで楽なんやけど…。
まぁ、この前と同じく白石達と弁当食っとったわけやけど。
「…はぁ、」
思わず出てもうた溜め息。それは居ったか…というものと、ざわりと震える心のせい。小春の言う通り、これが嫉妬やったら俺は何がしたいねん…。
友達になりたいんやったら嫉妬せんでもええやん、だいたい友達で嫉妬するもんなんか?
電話の後にも感じた悩みをぶり返しながら天城達を見とったら、ふっと天城の顔が俺の方をむいた。俺を見るなり瞳を少し大きくさせてジッと見てくる。
「あ…。」
声が出てしもうた、けどこれはチャンスやろ。はよ返したい。そんではよ帰って弁当や…。固まりかけとった体に嫌になりながら右手でコッチに来いと呼ぶ。
まともに話したことない奴に誘われて素直にくるのか不安やったけど、天城は少し首を傾げながら箸を置き、白石達に何か言い残して席を立ちあがった。そんでそのまま真っ直ぐコッチに向かってくるから…俺は扉から離れて待つ。
開きっぱなしの扉をくぐって俺の前に来る、それだけでなんでこんなにも心臓が五月蠅なんねん、ドクドクと耳を澄ませんでも聞こえてくる音が俺を更に混乱させる。
とにかく、返さな…と左手で持っとったタオルと菓子を差し出す…前に、
「こ、この前…」
「ん?」
「…勝手に、先に行ってもうて、ごめん。」
ちゃんと、謝らな。
声が小さなってもうたけど言い切る、視線を伏せないように必死に前を向く。大事な言葉やから、ちゃんと瞳を見て言いたい。たったソレだけの行動に命を掛けとる気がした、頭の中は真っ白やし言葉を言うたびに心臓が痛いし逃げだしたくなるし…何よりも、見ているのが辛くなる。
でもちゃんと言えた、謝れた。左手に持っていたタオルと菓子を差し出して思わず下を向いた。
「え、これ…お菓子…」
「そそ、それはおかんが借りたんやからお礼に持ってけってやかましいから…!」
透明なビニールに入っている菓子を見て戸惑っとるから何か言われる前に全部言いつくす。渡さなおかんがキレるとかそういうのはバレとらんとええけど…いやほんまおかんはキレたらヤバいけど。
言いつくす勢いで顔を上げれば、天城が「そんないいのに」と遠慮する声。申し訳なさそうに眉を寄せながら頬を掻いて…何秒か悩んだ後、俺と視線を合わせながら笑ってタオルと菓子を受けとる。
「受けとらないと、一氏が怒られるよな。ありがとう。」
「…お、おん。」
「なんか俺もお礼した方がいいかな?」
タオルを受け取る時、天城の指が俺の指に触れた。掠めた程度やのに触れられた場所が熱くなる、ボッと火がついたみたいや。思わず指を見て確認してしもうた。
くすくすと笑いながら菓子を見て「美味しそう」と言う声がくすぐったくて、どう頑張っても風呂に入りながら考えた言葉を言う勇気なんか沸いてこうへん。むしろなんでそんなこと言おうと思ったのかも分からんくらい…ほんまに、嫉妬、やったのかな。
もしも本当にそうなら、俺は友達になりたいんとちゃうのかもしれん。
「お、お礼はコッチがしたんやから、天城がする必要はないやろ…。」
「そうかな、美味しそうなお菓子だよ。」
弁当食べなあかんのも忘れたくなる。弁当よりも、今は目の前の笑顔の方が大切やって思う。せやけど小春が待っとるし、言わなあかんこともあるし…。
小春、俺は変われるんやろうか。
待っとる大事な小春の元へ戻ろうと、ちゃんと別れを言ってほんの小さく手を振って自分の教室へ戻る。
教室の扉をくぐる前に、振り返ったら天城はまだ俺を見送りながら笑い手を振っていた。
心臓がトクリと優しく鼓動をうって、新しい思いを吸い込んだ。
まともなときめき
「ちゃんと言えたん?良かったん。」
「お、おん…。」
「どうやった?」
「…ちょお、スッキリした。」
「慎、そのお菓子どないしたん?」
「一氏がくれた。」
「ユウジが?」
「うん。…一氏って真面目で面白いな。」
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シリーズで一番長くなりそう。
目指せ15ページ(適当)
2013,08,05
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