04.まともに歩く



小春に会いたい。

小春に会いたい。

小春に…

って、何回唱えても小春は迎えに来んしこの沈黙も何ともならん。


「…」


なんやろな、もうなんでこうなったんやろ…。
一週間前から俺の生活を、小春との関係を危ない状態にしよった原因が俺の隣に居る。普通の顔して俺の横を歩いとる。
練習の合間に考え事しすぎてもうて頭の中がぐっちゃになった、せやから冷静になろうと思ってちょお水飲んで顔洗って、そんでタオルがないからウェアで顔を拭こうとしたらや。いきなり声を掛けてきよった。名字を呼ばれた、覚えとってくれた。
そんでタオル貸してくれて、洗って返さなあかん思うて言うたら笑われた…なんでや。

せやけど、


(あの笑顔、なんかええな…。)


よく漫画や小説で他人の笑顔如きを太陽に例えとるのを見る。天高く俺達を照らす大事なもんで例えるやなんておかしいやろって思っとった。
…でも、なんでやろ、天城の笑顔を見た瞬間、真っ先に眩しいと思ってしもうた。普通に笑ってくれたはずやねんけど眩しくて怖かった。俺はそんな眩しいもん知らんから怖くて逃げ出したいと思う反面、もっと見てみたいとも思って。
どうすればええのか分からんし、今もなに話せばええのか分からんし…俺は天城の隣にいるのが似合わんかもしれんけど、今だけ…


(今だけ、俺の場所でええかな…。)


太陽があれば草木は育つ。太陽があれば月は輝く。太陽があれば…俺は、前を向けるやろうか。

とりあえず、何かは話してみようか…一言でもええから、さっきみたいに出来るだけ自然になにか世間話的な何かを話せるようにならんとなんも始まらんし…。
しかし、隣を歩く天城すら遠い存在に感じてまうのに、何を話せばええんやろ。テニスの話してもテニスしとらんかったら意味ないしな。勉強の話なんてつまらんし、小春の話してもアレやろうしな…やけど俺、テレビあんま見んし…。

……な、なんもないてどないすればええの小春!?

もうあかん、はよコートへ行くべきなんや。そうに決まっとる。やっぱ俺はその程度なんや…。思わず自分を非難してまう、当たり前なんやけど。
コートまでのほんの道のりすら、沈黙が重たくて長く感じてまうし足が重く感じる。小脇に抱える借りたタオルすらも重く感じてまう。重症やな…ほんまこんな性格に生まれて損したわ、小春みたいに誰にでも話しかけられたらええのに…。

はよ、小春に、


「一氏ってさ、」


あいた、い………って、え。
急にくるりとコッチを見る天城の顔。視線だけやなくて顔ごとコッチ向きよった。その時に前髪が揺れるのがサラサラと音が聞こえそうやった。
さっきの様な笑顔やあらへんけど、ちょお大きめな瞳で俺を覗きみとる感じで「えーと、」と言葉を思いだそうとしながら唇を動かし言葉を紡ぐ…俺に向かって。


「アレだよな、2人でテニスやるんだよな。何て言うんだっけ…」
「……だ、ダブルス?」
「それ。たしか金色とだよな?」
「お、おん…」


いきなり話し掛けられてついていけへん俺が此処に居るんやけどええんか!?…ちゅーか、もしかして俺のためにテニスの話ししとるんか…?
ダブルスと言い当てれば、思い出せんかったんが恥ずかしいのか少し笑って誤魔化す様に頬を数回掻いては前を向いた。その光景が恐ろしいほど眩しい。
俺も見とるのが辛くなって前を向けばコートがもうすぐやった。もうすぐコートについてまう。並んで歩くこの時間も終わり、そういうこっちゃ。

やっと小春に会えるんやって思えば心は軽くなる、んやけど…その逆に何処かで呟かれた声がある。


(ついてしもうた。)


小春が居る、白石や謙也が居る、皆が居るコート。そこへ行ってしまえば俺なんかちっぽけな存在になってまう。

どうして此処まで残念がらなあかんのか、俺にはまだ信じられんことばっかやから何も言えへん…けど、や。この少しの時間で1つだけ分かってもうた事がある。
眩しいこの存在に憧れとるっちゅーこと。人は自分にない物を他人に求め憧れる、求め憎む、求め奪う、求め嫌う、求め好きになる。俺はそれのどれかを天城に抱いとる。
これは生きとる限り避けられへんこと。俺はいまソレにブチ当たってしもうたんや。

この俺の思いは、どれに当て嵌まるんや?

ぼんやり、俺自身に言葉を投げかけておれば


「ついた。久々に此処に来たなー。」


明るい声にハッとさせられてまう。考え事しとってもちゃんと足は動いとったらしい、ちゃんとコートに着いた。
横におる天城がコートの中にいる白石達を呼びながら手を振る、コートの中の空気が変わるのが此処から分かった。たった一言と手を振るだけでその場の空気を変えてまえる、そんな存在やねん…俺とは、違う。なにもかも、なにもかも…

あぁもう!やめややめや!小春に会いたい!

さっさとコートへ足を速め近づく、天城をその場においてきてしもうた気がした。けれどもう止まらへん。やっぱ天城と居ると不安でしゃーない、ぐらぐらと揺れ動くこの感情は一体なんやねん。気持ち悪い、もうこんなん嫌や。

そうやって呪うくらいやったら、後ろを振り向かんで良かったんに。


「…一氏?」


今まで歩幅を合わせて歩いとった俺が何も言わんで急に早足で先へ行ってもうたから、天城がどうしたの?と俺を見とった。大きく開いた瞳も、弧を描かん唇も、風になびくその髪も…さっきの俺とは正反対、見るのも怖くなっとった。




まともに歩く




知らん知らん、こんな気持ち悪い想い。
また頭の中がいっぱいになる、天城だけになってまう。

せやけど心は白石達が埋め尽くす。

手を振って白石達を呼ぶ天城の姿が再生されれば、全てを投げ出して走り出したくなった。
もう一度、俺に向かって笑う天城に会いたくなった。


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一歩進んで二歩下がる。

2013,07,29

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