千歳と六ヶ月目



ふと、夜中に目を覚ましてしまうことほど怖い物はないと小さい頃から思っていた。

というのも、俺が馬鹿みたいに深く眠れる体質だからだろう。一度眠ったら朝まで起きることはほぼない。まぁ地震だとか近所にパトカーなどのサイレンが鳴り響いた時は別だけどさ。

だから月が輝く静かな夜…時計の針が1時とか指している時間に目覚めるのはとても怖い。小さな目覚まし時計を見て驚いてしまうほどに。


「……」


なんで起きてしまったのだろうか。
上半身を起こして部屋を見渡して、隣に眠る千里が視界に入れば今は起きるべき時間じゃないんだってより一層感じた。
千里の体が大きいせいもあって別のベッドで寝ようと提案したけれど、結局千里に押し通されてダブルベッドに眠る日々、今日の様に目覚めたのは初めてで。起きた理由はボンヤリする頭に焼きついている光景なんだろう。


(せんり…出て、行く夢だった…)


この家から千里の持ち物全て無くなって。最後に残っていた鞄と千里自身が俺に背を向けて玄関の扉をくぐっていく夢。
何か言ってコッチを振り向かせたい…そう思った夢の中の俺、でもなにも出来なくてなにも言えなくて。ただ声を殺して泣いていた、千里が困るからと我慢していた。千里は…なにも言わないし振り向かないし、散々な夢だったな。

どうにもソレが怖くて起きたようだ。ほんの少し空いているカーテンの隙間から降り注ぐ月明かりを眺めながら、眠りを妨げた夢を思えばどこにもぶつけられない思いが沸き上がっては情をくすぐる。


(アホだなぁ…)


千里と生活を初めて半年過ぎ、まさか寂しい夜がやってくると思わなかった。涙がじんわり瞳を覆い尽くせば呆れて笑えた。なんで泣くかな、俺は。
チッチッチッ…時計が秒を刻む音だけ響く部屋で1人、泣いたってなんにもならない。寝てしまった方が楽なんだろう、涙もそのままに俺は体を横にしようとして、


「どぎゃんしたと?」
「わ…っ!」


千里に抱きしめられた。

いつの間にか起きていた千里が俺を包み、肩に顎を乗せながら顔を覗き込む。まだ眠たそうな表情で心配そうに眉間に皺を作っていた。
まさか起きているとは思わなかった俺は、千里には悪いけれど一瞬お化けか何かかと思って心臓が跳ねあがってしまった。バクバクと大げさな音を鳴らす心臓が痛いほど。


「千里…もービックリした…。」
「コッチのセリフたい、こげな時間になんばしよっと?」


すりすりと頬ずりをする千里の髪が首筋や項を撫でてくすぐったい。身をよじって笑い声を洩らせば、嬉しそうにコレでもかと抱きしめられる。
千里はちゃんと俺の事を知っている、こんな夜中に起きる事はとても珍しい事だと。だから少し心配そうにしていてくれたのだろう、今は笑っているから思いすごしかもしれないと思っているに違いないけれど。

ううん、千里。思いすごしじゃないよ。
俺は抱きしめてくれる千里の腕に手を重ねながら後ろへ体重を掛ける。この温もりが傍にあるのに、どうしてあんな夢を見てしまったのだろう。
体重を掛けられてゆっくりとベッドへ倒れ込む千里と、千里の腕の中にいる俺。向かい合うように体を横へ向ければ千里は笑いながら腕枕をしながら俺の髪を撫でた。優しい優しい力加減は「お休み」と言っている様。


「なんね、眠れんと?」
「ううん。夢を見ただけ。」
「夢?」
「うん、千里が俺のほかに良い人作って出ていく夢。」
「そぎゃん夢ば見たと?」


少しばかり嘘を盛り込み言えば、心外だと言いたげに俺を抱き寄せ胸に顔を埋めさせられる。ギュッと込められる力は、今まで感じた事がないほどの力加減で苦しくなる。

ただ、今はこの苦しさが嬉しい。


「慎、俺は浮気ばせんよ。」
「うん。」
「慎以外はいらんったい。」
「うん。」


苦しさもそのままに、千里の背中に腕をまわした。もっともっと、千里の傍に居させて。この俺だけに許された場所に居させて。
暖かな体温は穏やかな眠気を誘いだした、泣いていた事も相まって徐々に瞼は愛しい人の笑顔を焼き付けたまま下ろされる。千里の優しい誓いも、時計の針の音も、少しだけ腕の力が緩くなった愛しい束縛も、全て俺だけのもの。


「千里…」
「なんね?」


この出来事を、何年も先の未来でも覚えているのかな。
不安になって泣いたりした事も、千里の優しい心の声も、抱きしめあって眠った事も覚えていられるのだろうか。

もしも本当に。何年か先に夢のような出来事が訪れたとしても。その時俺は夢のような失敗はしないよ、泣いて見送ったりしない。

笑って千里の背を押すよ。


「俺も、千里だけいればいい。」


だから、千里もコッチを向いて笑って手を振りながら幸せになって。
朝になったらそう話をしてみよう。




六ヶ月目の夢



- 朝 -


「…って、一応思います。」
「俺は慎以外は選ばんたい。」
「もしもの話だよ。」
「………なかよ。そんなこと絶対になか。」
「未来なんて分からないじゃん。」

「じゃ、結婚すれば問題ばなかよ。」

「…頭、大丈夫?」
「慎こそ。俺を信用しなっせ。」


next...リョーマ
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久々の千歳です。
いつもは「千歳」なので
「千里」にドキドキ。

2013,07,19

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