侑士と十一ヶ月目



「あぁ…そんなになるっけ。」
「軽っ。」


寝起きのコーヒーを口に運んでは侑士のガッカリする姿を見る。
侑士のお父さんってやつは大学病院に勤務してらっしゃる素晴らしい医師、そして侑士はそのお父さんの影響もあって今は医学の道を辿っている最中。大阪にいる従兄弟の謙也も同じく一人前の医師になるために、勉強中だ。
侑士と謙也は素晴らしいと思う、下手すれば2人ともテニスプレーヤーとしてもやって行けただろうに、こうして厳しい医学の道を選んでいるのだから。

昨日は早くに帰ってきて、今日はお休みと珍しくゆっくりできる時間を確保してきた侑士が朝一番に言ったこと、それは

『慎とあと一カ月で同棲して一年やな。』

忘れてたけど。


「だって侑士、滅多に家にいないから一年も此処に一緒にいた感覚がない。」
「…そうやねんけど、」
「だいたい、一年だからって何かあるわけじゃないだろ。」


アホらしい、と吐き捨てる俺とは対照的にテーブルに伏せ「あかん、ちょお目を離したすきに逞しくなっとる…」と嘆く侑士の脛を軽く蹴り飛ばしてから、空になったコーヒーカップに二杯目をいれようと立ち上がる。

そりゃ嫌でも逞しくなるって。
1人で炊事して2人分の洗濯して、一緒にいるはずなのに一緒じゃない1人では持て余す部屋で留守番するのは凄く寂しい。たまに帰ってきたと思ったら、電話で呼び出しさようなら。
最近じゃ、家に帰ってきても期待しないようにしているからな。


「せやけど、一年記念くらいなんかせぇへん?」
「休みが取れるならどーぞ。」
「そんなん死ぬ気でとったるわ。」


はいはい、と適当に返事しながら自分のコーヒーを淹れ、ついでに貰い物のクッキーを持って戻る。結構高そうなクッキーだ、侑士は顔が良いから患者さんにモテる、こういう貰い物も医師と患者の交流として断らずに貰ってくる。…結構、ヤキモチ焼くけれど美味いから何も言わない。

テーブルに置けば貰って来た事を忘れたかのような顔でクッキーを一枚手に取って、俺の事をジッと見てくる。まぁ慣れた事だから俺は無視して雑誌をペラペラめくりながらクッキーを口にする。


「ほんまに休み取って飯行こかって言ったら、どないする?」
「別に。とれないと思うから期待してません。」
「……」


そう言う言葉は聞き飽きた、と侑士をジロリ睨めば心当たりがあると顔に書いては気まずそうに顔を逸らされた。一緒に住み始めた頃は信じただろうね、今は信じないよ。

というよりも、一年だから何かをしようと言う考えが俺にとってはしっくりこない。確かに一年も一緒に過ごした(まぁ大半は侑士はこの家にいなかったけど)というのは凄い事だと思う。今、思い返しても大きな喧嘩した事もないし本当に昔となんにも変っていない。

それを祝うというのはなにか違うと思う。祝うのなら、新しい船出を祝うべきじゃないのだろうか。たとえば侑士が研修医ではなくなるとか、別の大きな病院に引き抜かれるだとか、謎の病気を患っていた患者さんを元気にさせたとか…。


「俺といるくらいなら、患者さんのために頑張ってくれる方が嬉しいよ。」


侑士の夢を傍で支えたいから、俺は此処にいる。だから一日でも早く侑士が患者さんに頼られる凄い医師になってくれるほうが嬉しい。
そして、頑張っている侑士が格好良いと俺は思っている。

俺の言葉を聞いて、侑士の伊達眼鏡がずりっと下がった。ソレを直すでもなく侑士は机に伏せて唸った。


「…あかん、嬉しい。」
「そりゃ良かった。」


へへ、と笑って返せば侑士も笑って顔を上げる。こういう一時だけで俺は幸せだよ。
コーヒーを飲み込むついでにその言葉も飲み込んだ、言うのは恥ずかしいから。言うと調子に乗るから。

このまま今日はゆっくり…なんて思っていた俺の思考は、がたり、と音が鳴るほど勢いよく椅子から立ち上がった侑士によって途切れた。
なんだ?と侑士を見れば真面目な顔していて。コーヒーでも飲むのだろうか、キッチンへ向かうのかもと動かされた足が向かう先を眺めれば、座っている俺の横。並んでは床に膝をついて俺の顔を覗き込んできた。


「じゃ、かわりになんか買ったる。」


そう言うなり、俺の左手を取って薬指を撫でる指先に不覚にもドキリとする。手を引く事も忘れ、ただ優しい午前特有の日の光が差し込むリビングで優雅に微笑む侑士を見つめることしか出来ないのだ。
魔法を掛けられたような錯覚の中にいる俺をよそに、侑士は顔を近づけて静まり返っていた家中に響かせるような可愛らしいリップ音を俺の唇に落とした。


「指輪、買ってもええ?」


侑士が撫でたその指から心臓へ一本の血管が通っているそうだ、つまりその指に恋人から貰った指輪をつけるということは恋人と自分の心臓は繋がっているというようなもの。
だから、その指につける指輪は結婚指輪というのだろう。


「……駄目って言ったって、買ってくるんだろ。」
「あ、ばれとった?」


一年を前に笑う恋人の格好良さと、自分には不釣り合いなのではと不安になるような遠回しなプロポーズに俺は笑ってキスを強請った。




十一ヶ月目のプロポーズ




「…慎、昼間やねんけどええ?」
「は?…いま何て言った?」
「いや、せやから慎が可愛えから…」

―ピリリリリ…ピリリリリ…

「…侑士、電話なってるぞ。当ててやるよ、絶対病院からだぞ。」
「………」


next...跡部
--------------

侑士涙目。

2013,7,18

(prev Back next)


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -