裕太と一か月目



「ったく、観月さん…。」


中学時代に知り合った観月さんやそのほか先輩たちとの関係は、何年経った今でも続いていて。今日も集まって(好きで行ったわけじゃねーけど)は、昔の様にテニスをして解散。
くたくたの俺は重くなってしまった足で、早くシャワーを浴びて飯を食うために家に帰る。

…いや、つーか、慎さんにも会いたいからなんだけどよ。

中学時代から憧れていた他校の先輩。兄貴とそこそこ仲が良かったから俺とも顔見知りだったんだけど、まさかまさか数年経ってから再会できるとは思っていなかった。
再会できた嬉しさと当時の憧れていた思いのまま、俺はらしくもなくアピールしまくって今は一緒に住む仲になれた。


(早く帰って、飯作んねーと。)


慎さんと住んで知らなかった一面にたくさん出会った。
テニスが上手く無邪気な性格、かと思いきや、テニスしか上手くなく熱しやすい性格だとまず分かった。テニス以外はからっきし。そして好きなものにはとことん、といった所。
だから俺が止めてやんねーと…なんて勝手に思っていたりして。

アパートの階段を上って2人で住んでいる部屋の鍵を開けて中へ入る、俺はまず此処で「ただいま」と言うよりも先に慎さんの靴があるかどうか見てしまう。
ちゃんとある慎さんのお気に入りのスニーカーを見ては、小さく安堵してしまう。それだけで嬉しい。

玄関から入って真っ直ぐにリビングまでの廊下がある、廊下の左には部屋が1つ、右には洗面所と風呂場、トイレと水回りが。
シャワーも浴びたいが、まずはリビングへ行って「ただいま」と言おうとして、俺の鼻に届いたのは何かの匂い。


「…ん?」


嗅ぎ慣れた匂いだ、それも慎さんと住み始めてから良く嗅ぐようになった匂い。
そうだ、台所で料理をしているときによく嗅ぐ、野菜を炒めている匂いだ。
そう気付いて、心臓がヒンヤリした。


「慎さん…料理、」


出来ない。

重たいバッグを廊下に落として早足でリビングへ向かう。慎さんはまともに包丁を持った事がなかったレベルの人で、俺の手伝いでたまに料理をする程度。それも子供に頼むような簡単な奴だけ。
もしかして今日は遅くなってしまったから待ち切れず作ってしまったのか?嫌な予感にドキドキしながらリビングの扉を開けた音と、


「あ、」


という慎さんの声が被った。

リビングに入ってすぐ左にカウンターキッチンがあって。そこに目的の会いたかった人がいた。たまにしかつけないシンプルな黒チェックのエプロンを身につけて包丁片手に固まっている慎さん。


「な、な…」
「え、おわ裕太、おかえり。」


俺の声に釣られてコッチを見た慎さんは顔に「やべぇ」と書いていて。何しでかしたんだと「ただいま」も言わずに傍へ行ってすぐ包丁を手放させてフライパンの火を止める。
フライパンの上では玉ねぎと豚肉とアスパラが美味そうに焼かれているのだが、味付けはされていなさそうだ。大きさもまちまちで料理、と呼んでいいのだろうかと悩む。

まな板の上ではサラダ用にかトマトが切られていた、が、トマトとは離れた位置に明らかにトマトから出た汁ではない赤い物が一滴、そこに存在を主張していた。

まさか、まさか、

そう思いながら包丁を持っていなかった方の手をひっぱりだせば、嫌な予感は大当たり。さっくりと人差し指を切ってしまっていた。


「慎さん、あれほど俺がいない時に料理するなって…」
「いや、あはは。裕太遅いから…」
「この馬鹿っ!!」
「ば、馬鹿!?俺の方が年上なのに!!」


すぐにキッチンから連れ出しソファに座らせる、一緒に住んでまだ一カ月程だが初めて救急箱を開けた気がする。それがこんな理由なんて。
自分の帰りが遅かったばかりに、優しさなんだろうけど好きな人が何度も何度も注意した事を破って怪我をするなんて。
消毒を済ませて絆創膏を貼り…そこでやっと俺は自分がとんでもない事を行ってしまっていたことにハッと気づく。まるで犬猫を怒るように馬鹿って言ってしまったこと。


「…」
「……」


しゅんと頭を下げている慎さんにこれ以上怒る事も責める事も、ましてや慰める事もできないと感じた。
こんな形で今まで一カ月過ごしてきた時間が壊れてしまう、それだけが怖くなった。
俺のためにやってくれたこと、それにただ失敗がついてきてしまって、そこをたまたま目撃してしまった俺に怒られて。どっからどう考えたって、悪いのは俺。

どうすればいいのか分からない、戸惑うままにただ絆創膏が貼られた慎さんの指を握って…

…俺は、口を開いた。


「ただいま。」


その言葉に、ゆっくりコッチを見てくれる慎さん。不安そうに眉をひそめ俺を見ながら、そっと笑って俺の首に空いている腕をまわした。




一か月目の絆創膏




「絶対、絶対俺がシャワーから上がるまでキッチンに入らないこと!!」
「分かった。」
「テレビでも見て待ってること!!」
「分かった。」

(すっげー不安だ…。)
(ちょっとくらいなら片付けしてもいいかな?)


ドンガラガッシャーン


「あ。」
「やっぱりっ!!」


next...柳生
--------------------

初の裕太。
長くなってしまって申し訳ないです。
裕太って口が悪いんですよね、
おっさん、とか普通に言うし。
そこがね…可愛いですね。

2013,07,01

(prev Back next)


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -