Day`s eyeをあなたへ | ナノ


  11.温かい氷に抱かれて


アジトの外にはガレージがあり、ギアッチョに腕を引かれるまま私は車庫へと連れてこられた。
彼のものであろう真っ赤な車は私は見たこともない形をしていた。車高は異様に低く、バンパーは四角く尖がっておりボンネットは長い。ピカピカに磨き上げられた車体は、車のことなど全く分からない私でも、彼がこの車に並々ならぬこだわりを持ち、大事にしているのだということが伝わってきた。

「すごい、かっこいい車だね。」

私がそう言うとギアッチョは当然だ、とでもいうようにフンと鼻を鳴らした。
彼は助手席の扉を開けると視線で「乗れ」と促した。
男性と二人で車に乗るなんてことは初めてで、目の前の車に乗るのを躊躇っていたら、ギアッチョに押し込められるようにして結局助手席に座ることになってしまった。
あわあわとしているうちに運転席へとギアッチョが乗りこんできた。
彼は無言でエンジンをかけると当たり前だが慣れた手つきで車を発進させた。
車が車庫を出てアジトを出ても、外の景色に目をやる余裕などあるわけなく、ただじっと膝に手をやり一点を見つめていた。
そんなナマエの様子を運転しながらチラリと横目で見たギアッチョはブハッ、と噴き出した。
驚いて運転している彼のほうを見やる。

「なにそんなに緊張してんだよ。急に借りてきた猫みたいになりやがって。」

「う…、だ、だって…。」

「さっきまでの威勢はどこいったんだよ。」

視線は前を見たまま、ニッと笑ったギアッチョに目を奪われる。
少し視線を落とすと片手で軽々とハンドルを操作する逞しい腕が目に入る。
その筋肉のついた太い腕に自分にはない男を感じ、気恥ずかしくなり視線を窓の外へやった。
やはり夜中だということもあり、道を走る車はあまりない。
少し肌寒さを感じて、自分の身体よりもだいぶ大きなジャケットを前で手繰り寄せる。
するとなんだかギアッチョに包まれているような気がしてなんとなくくすぐったいような、落ち着くような気持ちになる。
そんな私に気がついたのか、ギアッチョは何を言うわけでもなく無言で暖房を入れた。

「あ…、ご、ごめん。ありがとう…。」

「…いや。」

何だろう。さっきまでのように喧嘩腰で斜に構えていてくれればいいのに。やけに神妙な面持ちのギアッチョに緊張してしまう。
バックミラー越しにギアッチョのほうをチラリと見る。
しかし向こうもこちらをガラス越しに見ていたようで、バッチリと目が合ってしまった。
お互い思い切り視線を逸らして車内には気まずい空気が流れる。

『俺はコイツに惚れちまったんだよ!』

先ほどのギアッチョの言葉を思い出し顔が熱くなる。
聞き間違いだっただろうか。自分が今となりで車を運転している彼に好かれているなんて、信じられなかった。
車内の沈黙に耐えられず、苦し紛れに私は口を開いた。

「そ、そういえばさ、さっきプロシュートさんに何を言われてたの?」

ギアッチョがチラリとこちらに視線を寄越したのが分かる。
たぶん私が無理やり話題を振ったことなんてバレバレだろう。
彼は数秒置いてから特に迷わずに口を開いた。

「てめぇの気持ちにケリつけてこいって言われた。」

ギアッチョの予想外の返答に思わず固まった。
そして再び心臓が激しく鼓動を鳴らす。
それはつまり、先ほどの彼の台詞は私の聞き間違いなんかではなくて…。
再び沈黙が訪れてから数分。
ギアッチョは走らせていた車を漸く止めた。
一体彼がどこに向かっていたのかもわからず、恐る恐る窓の外を見る。

「うわぁ…。きれい…。」

眼下には星のように町の灯りが煌めき輝いている。ただの町の光がこれほどまでに綺麗だとは知らなくて目を奪われた。気がつかないうちに結構上の方まで車で上ってきたようだった。
私が景色に目を奪われている間に、運転席に座っていたギアッチョは車から降りていたようで、外から助手席の扉を開いた。

「あ…、ありがと…。」

「…おう。」

ギアッチョの優しすぎる態度に全然慣れなくて緊張が走る。
ぎこちない動きで車を降りると温かい季節だというのに少し冷たい風が肌を撫ぜた。
大きなジャケットに顔を埋めるようにして暖をとる。
そんな私をギアッチョはジッと見つめてきたかと思うと、なにを思ったか突然私の手を握りしめた。

「っ、ギ、ギアッチョ…?ど、どうしたの…?」

「…っいいから、黙ってろや!ボケッ!」

「えぇッ!?ちょ…っ!」

すると柵のすぐ傍まで私の手を引いて誘導すると、柵の前でピタリと止まった。
繋いだままの手が気恥ずかしくて、横のギアッチョを見上げるが彼の視線は真っすぐに夜景を目を見た
ままだ。
仕方がなく私も目の前のきれいな景色に目をやった。
しかしあんなに綺麗だと思った景色にちっとも集中できない。
それもこれも、自分の右手がギアッチョの大きな手に包まれているからだ。ブチャラティの細くて繊細な手とは違う、無骨でささくれだったいかにも男、という感じの手にダメだと思っていてもドキドキとしてしまう。

「…小せぇ手だな。お前、こんなんでよくリーダーに逆らったよな。」

「だ、だって…、あの時は必死だったし…。それに、諦めるわけにはいかなかったもん。」

「なぁ、お前よ。なんであの時泣いてやがったんだ?」

あの時?あの時とはいつだろう。ギアッチョに泣かされたときだろうか。いいや。それは目の前の彼の言葉が原因だということは、彼自身もよくわかっているだろう。

「ペッシに部屋に連れてかれたときだよ。寝ながらメソメソ泣いてたじゃあねぇか。
なぁ、あの時よぉ、一体何の夢を見てたんだ?」

ずっと目を合わせようとしなかったギアッチョがこちらに向いて視線を合わせてくる。
身に覚えがなくて首を傾げる。それを見た彼はグッと眉根を寄せるとぶっきら棒に言い放った。

「……ブチャラティだろ。俺をヤツと勘違いしてあんなことしたんだよな?テメェは。」

様子のおかしいギアッチョに心配になり彼の顔を覗き込もうとする。
その時だった。

「___っ!?」

驚きのあまり息が詰まる。ギアッチョの匂いが胸の中に広がる。
抵抗する間もなく、彼の胸の中に抱きしめられていた。

「ちょ___ッ!ギア……「なぁ。俺じゃあダメなのか?」___え?」

ギアッチョの言葉に抵抗しようとした手が行き場を失う。

「俺なら好きな女の手を離したりしねぇ。そりゃあ俺の仕事柄狙われる立場にもなるかもしれねぇが、そんなことを関係ねぇ。絶対にお前を守ってやる自信がある。泣かせたり、悲しい気持ちにはさせねぇ。」

「ギアッチョ……。」

「情けねぇ…、好きになっちまったんだ…。」

素直じゃなくて、短気なギアッチョが露わにした本心。
彼の手が震えているのが抱きしめられた身体から伝わってくる。
ストレートな愛情表現に告白すらまともにされたことがない私は戸惑った。

「な、なんで…?だってギアッチョたち、私を利用しようとしてたんでしょ…?どうして私なんかのことを…。」

背中に回した腕はそのままに、彼は答える。その声は少し笑っていた。

「ハハッ…、そうだな。俺にも理由はよくわかんねぇが無理やり理由をくっつけるとしたら、
___涙がすげぇ綺麗だったから、かな。」

ギアッチョは私の身体を一度はなすと「あークソ!自分で言ってて気持ち悪りぃ!ヤツの変態が移った!」と言いながら柔らかそうなカールした髪の毛をガシガシと掻きむしった。
ス、と私の頬に手を当てたかと思うと今度は真面目な顔をして口を開く。

「マジだぜ。このまま氷漬けにしちまえば、永久に俺のモンにできると思った。」

情熱的すぎるギアッチョの思いに、私の心臓は爆発寸前だった。
手が触れている頬が熱を持ち顔が熱くなる。

「ハハッ、茹蛸みてぇ。」

「し、失礼だよっ!」

「俺は嘘つけねぇ質なんだよ。」

真顔ではっきり言う彼に、私に対する思いが本気のものだということが伝わってくる。

「…ギアッチョ。私は_____、」

「分かってる。ブチャラティだろ。」

コクリと一つ頷いた私にギアッチョはハァとため息を吐いて目を伏せた。

「お前を攫った俺が言えたことじゃあねぇけどよ。お前にあんな涙を流させたブチャラティがムカつくんだよ。俺は。」

「ギアッチョ…。」

彼が本当に自分のことを思ってくれているのが分かり、胸が締め付けられるように苦しくなった。
ギアッチョのことを好きになれたらどんなに幸せだろう。
だけど、それでも、私が自分の平穏を捨ててまで一緒になりたいと思ったのはブチャラティただ1人だけなのだ。

「…こんな弱い私のことを好きになってくれてありがとう。ギアッチョ。本当に嬉しい…。だけど、だけどね、私、私…。」

ギアッチョは自分の気持ちをまっすぐにぶつけてくれた。私もそれに答えなくてはいけない。それなのに。
人に自分の本心を伝えるということはこれほどまでに勇気のいることだったのか。
辛くて、そして勇気のない自分が情けなくて涙が出てくる。
ギアッチョはそんなナマエの涙を指で拭うと頭を撫でる。

「…その涙は、ブチャラティのためじゃない。俺のための涙だよな?」

涙でぼやけてギアッチョの顔がよく見えない。訳が分からず頷くと、ギアッチョが笑ったような気がした。
それと同時に唇に柔らかい何かが触れる。
驚きのあまり涙も止まり、ポカンとした。

「泣くな。お前の涙は俺をおかしくする。襲っちまいそうになるから止めろ。」

(ギアッチョにキスされた…!?)

頭で理解した瞬間心死ぬんじゃないかってくらい心臓が鼓動を早める。
どうしよう。ブチャラティじゃなきゃ絶対ダメだって思っていたのに、

(イヤじゃなかった。)

頭の中の整理が追いつかずその場に立ち尽くす。

「…俺は本気だ。もしブチャラティがお前を再び泣かすようなことがあれば、アイツからお前を奪う。分かったな。」

ギアッチョの言葉に顔が真っ赤に染まるのが分かる。

「…帰るか。明日行くんだろ。俺もついていくからな。ナマエ。」

そこからどうやってアジトに戻ってきたかはよく覚えていない。
ブチャラティのことが好きなはずなのに、ギアッチョのキスがそれほど嫌ではなかった。

自分の気持ちに整理がつけられず、モヤモヤとしたものが胸の奥に燻っていた。






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あと少しで暗殺チーム編もおわります。
漸くブチャラティがでます(笑)


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