この身に宿らぬ思いとか



 シトシトと空から降ってくる雫が、彼の血に塗れた右腕を洗い流していく。

 あなたはその真っ黒な瞳に何を思うのだろう。

 愛しい人の腕に抱かれて、閉じて動かなくなった彼女の瞳は、何を思うのだろう。

 二人を愛していた私は、何を想えばいいのだろう──……










 春。桜がぽつぽつと咲き始める季節。教室の窓から覗く景色はほんのりと桃色に色づき始め、少し暖かくなった風が下ろした髪を靡かせた。ナルトとミズキの一件から一夜明け、平穏を取り戻した木の葉の里は次なる段階に向けて大忙しだ。無事卒業試験を終え下忍となるメンバーが決まり、今日は新しい彼らの班と、その師となる担当上忍との面談が行われる。アカデミーでくノ一クラスを担当していた私は、すでに決まった班のリストを片手に、休校日でほとんど人気のないアカデミーを訪れた。



「あの子たちがもう卒業だなんて、なんだか早いですね」

「イルカ先生……」



 からりと教室の扉が開く音に振り向けば、そこには同僚であるイルカ先生が立っていた。彼がここへ呼ばれたのは私と同じく、担当上忍との面談のためだ。各班のリストが乗った書類を片手に隣まで歩み寄ったイルカ先生は、同じように窓の外を眺めると、眩しそうに目を細めた。



「あんなに小さかった子たちが、もう一人前の忍になるんですね」

「実は私、卒業生を受け持つのは初めてなんです。だからとても感慨深いです」

「そうでしたか。それは嬉しいでしょうね」



 戦争もなく平和な今の時代は、生徒たちがアカデミーに在籍する期間も長く、その分たくさんの成長を見守ってきた。文字通り小さかった彼らが、身長も伸び忍術も使いこなし、もうすぐ一人前の忍として任務をこなしていく。そう考えただけで視界が滲んで、私はイルカ先生に見られないようにそっと瞼を拭った。



「担当上忍って、どんな方達なんでしょうか」

「さあ…。僕もあまり知らないんですよ。一緒に任務に出る機会も少ないですしね」



 忍者アカデミーを卒業し下忍となった者は、三人で一つの班を形成し、さらにそこに担当上忍と呼ばれる、私たちに代わる“先生”が一人ずつついて、フォーマンセルとして実践を積んでいく。今日はその担当上忍たちに生徒の情報を引き継ぐため、私たちは火影様から召集を受けたのだ。誰がどの班の担当になるかはまだ知らされておらず、初めての面談は少し緊張する。パラパラと資料を捲りながら、私たちは窓際の席に座ると班の一つずつに丁寧に目を通した。



「名前先生は6班から10班までをお願いします」

「わかりました」

「……ナルトの担当、大丈夫でしょうか」

「3代目が決められたことですし、きっと大丈夫ですよ」



 イルカ先生が特に気にかけているのは、先日も事件を起こしたばかりのうずまきナルトだ。幼い頃に九尾の妖狐をその身に封印され、両親もなく育った彼は、みんなの気を引きたいために悪戯ばかりだった。同じく両親を早くに亡くしたイルカ先生は、そんな彼が心配でたまらないらしい。

 安心させるように肩を叩くと、イルカ先生は苦笑を浮かべて立ち上がった。



「そろそろ時間ですね。俺は隣の教室ですから、また」

「はい、お互い頑張りましょう」



 少し緊張した様子で教室を後にするイルカ先生を見送って、自分が担当する班のリストに目を通す。私が担当するのは6班から10班、その中の第7班にはナルトがいる。3代目に任命されたのだから九尾のことは知っているはずだけれど、一体どういう印象を抱いているのだろう。里の大人たちには忌み嫌われているけれど、彼はごく普通のいい子だ。イルカ先生ほどではないけれど、私も教師としてそれなりの時間を彼を共に過ごしてきた。九尾とかそんなの関係なく、ナルトを一人の忍として見てくれる人だといいのだけど。







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