03

 教師の一日は、何も生徒たちに勉強を教えるだけではない。次の授業の準備、生徒の任務でのサポート、進路相談、そして自分の任務の報告書の作成。高専での仕事はほとんどが以前働いていた普通の学校と変わらないが、一つだけイレギュラーな仕事がある。それが、同僚とも上司ともいえるこの男、五条悟の相手である。



「ね〜美月も行こうよ、原宿」

「なんでまた。今忙しいの。観光なら悠仁を連れて行ってあげてよ」

「これも仕事のうちだよ。もう一人の一年生をみんなで迎えに行くんだ」

「一年生って………釘崎野薔薇、ちゃん?」

「そうそう。本人が原宿での待ち合わせを希望しててさ」



 隣の椅子に腰かけてもたれ掛かってくる悟は、数枚の資料を差し出して顔写真を指差して見せた。顎の横で切りそろえられたボブカットにキリッとした目。いかにも呪術師の世界にいそうな、強そうな女の子だ。祖母が呪術師をしているということで経験者のようだが、いろいろと揉めて入学の次期がだいぶズレてしまったらしい。簡単な説明が書かれている資料に目を通していると、「君も行きたいでしょ、原宿」と悟は私のパソコンを勝手にいじって作成中だった報告書を保存して電源を落とした。確かに、原宿は最近行っていないし、この数年の間にもたくさんのお店が変わっているだろう。気には、なる。資料から視線を上げて悟を睨みつければ、気になるくせに、と笑って私の額を小突いた。



「ほらほら。早くしないと遅刻しちゃうよ?」

「遅刻って……何時に待ち合わせしてるの?」

「13時」

「もう遅刻確定じゃん!」



 あんまりにも悟がのんびりしているものだから、待ち合わせは夕方ごろなのかと勝手に思ってしまっていた。どう頑張ってもここから原宿へは13時には間に合わない。大幅な遅刻というわけでもないが、悟はこういう微妙な遅刻の常習犯であることを忘れていた。ちょっと早めに着いたらポップコーンとか綿あめとか、原宿で今話題になっているものを堪能しようと思っていたのに。出発する前から予定のすべてが狂ってしまった。











「これが、原宿……!」



 電車を降りてすぐ目の前に広がる光景に、私は目を丸くした。日本中の人を集めたんじゃないかと思うくらいの人混みと、テレビでよく見た“竹下通り”の看板。入口から数えきれないくらいの店舗がずらりと並んでいて、活気とおしゃれに満ち溢れている。平日というのにこの人数、お祭りでもやっているのだろうか。カラフルなポップコーンやクレープ、ド派手な色の髪の毛、視覚情報だけでいっぱいいっぱいだ。



「おまたせーっ」



 平然と隣を歩いている悟は生徒の姿を見つけたのか軽く手を挙げた。私もその視線を辿ると、ちゃっかりと高専の制服に身を包んだ悠仁と伏黒くんがいた。悟がカスタムしたらしい悠仁の制服は赤のフード付きで、よく似合っている。制服間に合ったんだね、と彼らの会話を耳にしながら、私はスマホを取り出して“竹下通り 名物”と検索エンジンに入力する。悟に言われた通り、私は原宿がちょこっとだけ気になっていた。久しぶりの東京、東京といえば原宿。流行のすべてが詰まるこの一本道には夢と希望が詰まっている。スマホに表示される数々のスイーツを目にすると、逸る気持ちを押さえられない。「綾瀬先生、なんか楽しそうですね」「おのぼりさんだからね」なんて横でひそひそ言われている気もするけど、私の頭の中は“生徒を迎えに来た”という任務よりも、原宿をどう満喫するかでいっぱいだ。それは悠仁も同じようで、わくわくと目を輝かせて人混みを見つめている。



「悠仁、一番の目標は?」

「ポップコーン!なんかアメリカンなやつ!美月ちゃんは?」

「やっぱタピオカミルクティーかな。回転スイーツも捨てがたい……」

「回転スイーツ!?なにそれ!」

「こらこら二人とも。今日は同級生を迎えにきたんだよ」



 引率の先生風にパンパンと手を叩いた悟は、「ほら行くよ〜」と人ごみの中を歩き出す。同じ制服を着た女の子を探しつつ、それでも視線は立ち並ぶカラフルなお店に吸い寄せられていった。途中ポップコーンとクレープとタピオカミルクティーを買って、ついでに2018と縁取られたド派手なサングラスも買って悠仁にセッティングした。私のタピオカは7割ほど悟に吸い取られて、代わりに棒型のザクザクとしたシュークリームを買ってもらった。

 そうこうしているうちに竹下通りの真ん中あたりまで来たところで、私たちは同じ制服に身を包んだボブカットの女の子を見つけた。見つけた、というよりは、目に入ったの方が正しいかもしれない。彼女は自らスカウトマンを捕まえて自分を売り込んでいたせいか、とても目立っていたから。



「釘崎野薔薇。喜べ男子、紅一点よ」



 腰に手を当てて堂々と言い放った彼女は、名前の通り綺麗だけど少しトゲトゲしかった。彼女の気迫に押されながらも自己紹介と挨拶を済ませる一年生たちを見ながら、悟は小さな声で「はは、昔の美月みたいだね」と笑った。



「え、私ってあんな感じだった?」

「うん。ツーンとしてて、口が悪かった。第一印象は無愛想のヤバいやつ」

「うそでしょ」



 懐かしむ悟に釣られて自分が高専に転入したばかりの頃を思い出す。確かにあの頃はいろいろあったし、呪術高専なんて怪しいと思っていたし、何より人間不信になっていた。それがこうして教師なんてできる人間になったのも、クラスメイトに恵まれたからで、何よりも悟のおかげだ。あの頃はどちらかというと悟の方が尖っていた気もするけど。お互い思春期で子供だったんだなあと今なら思える。ちらりと悟に視線を投げると、彼は「学生は眩しいね」と芝居がかった笑みを見せた。学生特有の青臭さ。限られた時間でしか得られないあの時間は、本当に尊くて貴重だ。どうあがいたってもう経験することの出来ないあの青春は、どこか感慨深くも思えた。



「副担任の綾瀬美月です。赴任したばっかりで頼りないけど、よろしくね」



 わいのわいの言い合っている悠仁と野薔薇ちゃんの間に入ってまだだった自己紹介をすると、彼女は私を見て目を輝かせた。さっきまでの仏頂面が嘘みたいに顔を綻ばせた彼女は、「その服どこで買ったんですか!」と私を上から下まで舐めるように見つめた。あまりの勢いに驚きながらも「新宿の、ルミネだけど」と答えると、「新宿……!」と感動したように呟いて私の手を握った。



「美月先生ね、よろしく!今度一緒にショッピングでも!」

「あ、うん、そうだね!」



 キラキラと目を輝かせる野薔薇ちゃんに、私って学生時代こんな感じだったっけ?と戸惑っていると、「早速懐かれてんじゃん」と笑う悟の声が聞こえた。呪術師というイカれた人種しか集まらない呪術高専でこんなに可愛い女子生徒に懐かれるのは、正直嬉しい。これから個性派揃いの可愛い一年生たちと一緒に過ごせると思うと、高専で教師をやるのも案外楽しいかもしれないと思えた。









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