同級生と後輩の関係性




 向坂梨央は一つ下の後輩で、初めて会った時から、なかなか肝の座った女の子だなと思っていた。もちろん可愛い後輩だと思っているし、「夏油さん!」と目が合う度に笑いかけてくれる姿なんかは庇護欲を掻き立てるものがある。しかし悟に対しては別。初対面ですぐ暴言を吐いたあの悟に対して、もちろん最初こそは怯えていたというか避けているように見えたけれど、すぐに我慢ができなくなったのか噛みつくようになっていた。悟もそんな梨央を生意気だなんだの言ってよく虐めていて、二人は毎日のように喧嘩三昧。私たちから見れば悟が珍しく後輩を可愛がっているなくらいのものだったが、本人からすればあまりいい気持ちはしなかっただろう。こりゃ嫌われたな。しかしそんな私たちの考えは間違っていたらしい。意外にも二人はうまくいっているようで、喧嘩三昧なのには変わりなかったがなんやかんや一緒にいたし、よくじゃれ合っていた。梨央もよく私たちに悟の愚痴を吐いたが、怒っているようで少し嬉しそうにも見えるから、私と硝子はいつも顔を見合わせてやれやれと肩をすくめていた。まあそれも、私と悟のような関係なのだろうと思っていたけど、それもどうやら違ったらしい。女心ってやつは、本当に不可解だ。



「私、五条さんが好きです。付き合ってください」



 休憩時間に2年の教室を訪ねてきた梨央は、私たちがいるのを気にする様子もなく、悟の前に立って堂々とそう言ってみせた。私も硝子も、もちろん当の本人である悟が一番目を丸くして「は?」とそれ以外の言葉を失ってしまったかのように固まった。



「私も非ッッッ常に不本意なんですけど、好きになっちゃったんです」



 まるで喧嘩を売っているようにも聞こえる発言だが、梨央は顔だけでなく首まで真っ赤に染め上げて、ゆらゆらと揺れる瞳で悟のことを見つめている。ぎゅっと握られたスカートがシワになってしまいそうだけど、彼女も勇気を振り絞って告白をしているんだから邪魔はできない。ただ見守るしかないのはもどかしいが、一生懸命に自分の気持ちを伝える梨央は可愛らしくもあり、私と硝子はただただ悟の返事を待った。

 その悟はといえば、未だに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まっている。いつも冗談で「俺のこと好きだろ」とか「あいつは俺の顔に惚れてる」だとか自信満々に言っていたくせに。普段は白い肌がみるみるうちに赤く染まっていき、「え、」とか「おま、」とどうやら本当に言葉を失ったらしい。女から言い寄られることなんてよくあるはずなのにあの慌てよう、よほど予想外だったのだろう。



「バッカじゃねえの?ガキなんか相手にするかよ」



 しばらく固まっていた彼の口から出てきたのは、そんな言葉だった。彼のことをよく知る私たちから見れば完全な照れ隠しだったが、梨央は悟の言葉にむっと眉を寄せると悟の机に手をついていつものように反撃した。



「1個しか変わらないんだから、五条さんだってガキじゃないですか」

「ぎゃーぎゃーうるせえ。色気もねえガキは出直してこい」

「なッ……!」



 いつもよりさらにデリカシーに欠ける暴言に梨央は先ほどとは別の意味で顔を真っ赤にすると、「最低!」と叫んで教室を飛び出して行った。まるで嵐が去ったあとのように静まりかえった教室には、窓の隙間から入り込む風の音だけがする。ぽかん、と3人で梨央が出て行った扉を眺めるしかなかった。



「な…ッんだよあれ!」

「良かったじゃん、可愛い彼女ができて」

「彼女じゃねーし」

「あれ、付き合わないの?」

「私はてっきり悟は梨央のこと好きなんだと思ってたけど」



 未だに顔を赤く染めたままの悟は頬杖をついて「別に」とだけ呟いてそっぽを向いた。素直じゃないやつ。めんどくせぇと笑った硝子は、その様子をパシャリと携帯に収めた。悟は梨央を見れば声をかけて積極的に構っていたし、梨央と一緒の任務があるときは機嫌がよかった気がするけれど、どうも思春期を拗らせているようだ。素直に喜んでいればいいものを、負けを認めたくないのか変な意地を張っているらしい。




 それからというもの、梨央は以前より積極的に悟に声をかけるようになった。そのたびに悟は動揺しつつもあしらっていたけれど、ついに根負けしたのか、最近では二人の雰囲気もだいぶ落ち着き、一緒にいることが増えた。買い物に行ったり、ベンチに座って話し込んだり。二人で並んでソファに座って映画を見ている姿なんかはもう恋人のそれで、あれで付き合っていないというんだから不思議でたまらない。悟に至ってはもう彼氏気取りで、梨央に近づこうとする男には睨みを利かせていた。あいつはこういう映画が好きだとか、どのコンビニスイーツが好きだとか、聞いてもいないのに色々と教えてくれるものだから、私まで梨央に詳しくなってしまった。目の前でニコニコと気持ち悪いくらいにご機嫌に梨央の話をする悟はもう恋する乙女さながらで、見ているこっちが恥ずかしくなる。そんなに好きなら早く付き合えばいいだろと言っても悟は聞く耳を持たなかった。



「七海ってさ、梨央と仲いいよな」

「そりゃあ同級生だしね」

「でも灰原とはなんか違う。特別仲がいい気がする」



 背もたれに上体を預けて天井を仰ぐ悟は、つまらなそうに言葉を吐いた。梨央が悟を好きなのを知っていて他の男を気にするなんて、とんだ独占欲の持ち主だ。というか、恋人でもなんでもないんだから、そんなことを話したって仕方がないだろう。七海は確かに梨央と仲が良いし、本人に聞いたわけではないから定かではないが、ただの同級生とは少し違う感情を抱いているように見える。だからと言ってわざわざ彼が悟を敵に回すとは思えない。ただ梨央を優しく見守っているだけのような気もするが、男というものがそれほど単純ではないことを私はよく知っている。目の前の男ほど複雑な奴はいないだろうが、少なくとも梨央に対して何一つ感じていないわけではないだろう。



「しっかり捕まえておかないと取られるぞ」

「七海に?」

「梨央は七海にずいぶん懐いているみたいだしね」



 途端に不機嫌になる悟に心底呆れる。確実に手に入る状況にいて、何もしないのは理解ができない。このままじゃ本当に七海に取られてしまうかもしれないなんて思ったけれど、誰を選ぶかは梨央の自由で私が口を出すことじゃない。もちろん悟の味方をしてやりたいが、客観的に見れば七海の方が梨央を幸せにしそうだとは思う。そんなこと、口が滑っても言えないが。いつまでたっても素直になれない悟に心の底からため息を吐くと、教室の扉が開いて梨央が顔を出した。「五条さん、コンビニ行きませんか?」なんて誘ってくる姿は健気で、一瞬悟なんかやめて私にしないか、なんて気持ちが芽生える。それくらい申し分ない女性だというのにまったく悟というやつは。「行く」と打って変わって上機嫌で立ち上がる悟は、いつもより軽い足取りで梨央の元へ歩み寄った。あれだけ分かりやすい男なのになぜ素直になれないんだ。お願いだから悟の気持ちに気づいてやってくれ、と心の中で願いながら、私は二人に手を振った。





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