ハートが動かなくなるその日まで




一夜明け、出発の朝を迎えた。昨日の夜には、街で寝泊まりしていたクルーたちも全員船へと戻って来ていたから、船内の活気はここ数日で一番だ。やっぱり全員が揃うと賑やかで、でも何だかホッとする。

慌ただしく朝食を終えて、今は最後の出航準備に追われているところだ。ローさんは海図を広げながらペンギンと航路の再確認をしていて、シャチはコックさんと一緒に市場へ行っている。

野菜や果物などの船旅には貴重な生鮮食品は出航の直前に調達することになっているから、朝食の準備から始まってコックさんは朝から大忙しなのだ。あ、それからベポは――…



「ナマエー!ただいまーー!」

「あっベポ!おかえりー!」



船縁に肘をついて街を眺めていた私の目に飛び込んできたのは、大きなリヤカーを引きながらブンブンと肉球付きの手のひらを振って見せる、白熊の満面の笑みだった。しかもその隣には、家具職人のお爺さんまで。



「ほうほう、これが熊さんらの船かい。立派なもんだ〜」



そう、ベポはローさんの命令で約束の品を引き取りに家具工房へと出向いてくれていたのだ。

本当は私も最後にお爺さんへお礼を言いに行きたかったんだけど、うろちょろすんなって船長命令という名のドクターストップがかかってしまって、こうして街へ出たみんなの帰りを今か今かと待っていたというわけ。

でも感心したように黄色い潜水艦を見上げるお爺さんの姿に居ても立ってもいられなくなって、かかっていた梯子を慌てて下りた。



「本当に無理を言ってごめんなさい!」

「いやいや、構わんよ。腕によりをかけて仕上げた自信作じゃよ」

「ありがとうございます!大切にしますねっ」

「ああ、そうしてやってくれ。いくら立派な器を作っても中身が空では意味がないからのう」



にっこり笑ってそう言うと、お爺さんは工房へと帰って行った。そしてベポが運び上げた大きな積み荷に気付いて、甲板に出ていたクルーたちが自然と集まってくる。ペンギンと話し込んでいたローさんも仕上がったか、なんて言いながら近付いてきた。



「で?結局なにを頼んでたんだ」



ベッドの代わりに、私が家具職人のお爺さんに頼んだ品。今日この日まで内緒にしていたから、ローさんはそれが何なのかを知らない。梱包されていた木箱の中身を覗き込む瞳を見上げ、いたずらが成功した子供のように小さく笑った。



「えへへ、じゃーんっ!これだよー」

「……何だ、チェストか?」

「うん、そうだよ!」



ローさんが怪訝そうな視線を向けてくる先にあるのは、大小いくつかの引き出しが組み合わさった、横長の木目が美しいチェスト。しかも天板部分がソファのような座面になっていて、その下にも収納スペースがあるという優れものなのだ!



「別に収納なら、部屋にもクローゼットがあんだろ?」



何故わざわざこんなものを?とでも言いたげな表情を浮かべるローさんに、分かってないなぁと小さくため息を吐いたら、ちょっとだけ睨まれた。怒るというよりは拗ねる、といった感じ。きっと自分だけ意図が分かっていないのが気に食わないんだと思う。



「だってローさん、洋服だけじゃなくてアクセサリーとか小物とかも色々買ってくれたでしょ?そういう細々したものをちゃんと仕舞っておける場所が欲しかったんだよ」



そう言って笑った私を無言で見つめてくるローさんの視線を感じながら、希望以上の素敵な品に仕上がったチェストをそっと撫でる。



「……これね、私の宝箱にするんだ」

「…宝箱?」

「うん。こっちの世界に来てからローさん、たくさん贈り物してくれたでしょ?」



これはローさんが贈ってくれた思い出を、ひとつひとつ大切に仕舞っておく私だけの宝箱。



「……ハッ、上等だ」

「ん?」

「ナマエ、この引き出しがすぐいっぱいになっちまうくらい贈ってやるよ」



洋服もアクセサリーも靴も。温もりも喜びも安心も。たまには怒らせることもあるかもしれない。泣かせることも悲しませることも。だがお前が感じるもの、手にするものすべては、俺だけが与えるものだ。覚えておけ。


――唐突に腕を引っ張られ、強く胸に掻き抱かれた耳元で聞こえてきた言葉たちが、鼻の奥をツンとさせる。それはなんて素敵な贈り物だろうか。


じわりと胸の奥に広がっていく温かな感情。これを与えてくれるのは、目の前のこの人しかいない。ぎゅっと腕を回して頬を寄せれば、トクントクンと力強い鼓動が伝わってくる。



「…うんっ…!ロー…さん、ずっとそばに…いさせてね」

「当たり前だ、バカ」



このハートが、いつか動かなくなるその日まで。













頬を伝うあたたかな涙が、人魚のように真珠になればいいのに。
そうしたら真新しい宝箱へ最初に仕舞う思い出は、あなたを愛おしく想うこの私の気持ちになるでしょう。






end

2012.3.30 了





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