その腕の温かさがこの世界のすべて




自分なりに掲げた大きな目標に向かって、まずは一つ一つこなしていく日々の小さな目標。目的を持って一日一日を過ごしていると、時間が経つのをとても早く感じる。気付けば、出航は明日に迫っていた。



「…もうこの島ともお別れかー」

「ン?どうしたんだ?急に」

「だって私がこの船に乗ってから、こんなに滞在した島ってなかったじゃん?」

「あー…そういやそうだな」



3セット目のスクワットに付き合ってくれていたシャチが、一定のリズムで腰を落としながら高い空を仰ぎ見る。だいぶ慣れてきたとは言えまだまだ汗だくの私と違い、まったく呼吸を乱す素振りを見せないシャチは、さすが海賊といったところか。



「でもこんくらい全っ然余裕だって!前にログが貯まんのに一ヶ月くらいかかる島ん時はキツかったぜー」

「そうなんだー」



たしかに一ヶ月も同じ場所に留まり続けるのは、何より冒険が楽しみな海賊には辛いものがあるのかもしれない。この島での五日間なんて、ほんの一瞬に感じるんだろうな。

でも私にとってのこの島は、これから先の長い航海の中でも忘れられない場所になると思う。というか強烈な出来事がたくさんありすぎて、それらすべてがたった数日の間に起こったなんて思えないくらいだ。


ローさんたち以外にはじめて出会った漫画のキャラクター、キッドさんに攫われそうになったり。でもそれがきっかけでローさんとの距離がぐんと縮まったり。何より海賊であるローさんの隣で生きていくための、自分なりの覚悟も決まったし。


だからこうして少しでも足手まといにならないように、頑張るんだ。

……ううん、ちょっと違うな。本当は分かってる。私なんかがほんの少し体力つけたりナイフが扱えるようになったくらいで、ローさんの航海への影響なんてほぼゼロに等しいくらい微々たるもんだってことは。


ローさんだって私が強くなることを望んでたり、期待してるわけじゃないってことも理解してる。むしろ弱くても全然いいんだって、そんな私をありのまま受け止めて守ってくれるのが、ローさんなんだって思う。


だからこれは、単なる自己満足かな。でもそれでもいいよね。こうやって努力することは無駄にはならないと思うし。それにローさんだけじゃなくて、シャチやペンギンやベポ、他のみんなが目にしているのと同じ世界を、私も見ていたいから。



「……49、50…っと!よし、終了ー」



そんなことをつらつら考えているうちに、あっという間に終了したスクワット3セット目。寝起きの猫ののびのように両腕をぐんと空に向けて伸ばしていたシャチが、床の軋む音にいち早く反応して嬉しそうな声を上げた。



「船長!早かったっすね!」

「あ…ローさん」

「ナマエーただいま!」



シャチの視線の先を追って振り返ると、ベポを従えて街へ降りていたローさんがそこに居た。その隣では、帰りに買ってもらったであろう生クリームたっぷりのワッフルに齧り付きながら、ベポがにこにこと手を振っている。



「…ナマエ」



どこかひんやりとした響きを持つ落ち着いた声色で、呼ばれた自分の名。するすると導かれるように視線を上げれば、影になった帽子の下で三日月のような弧を描いたローさんが、軽く曲げた指先だけで近くへ来るように促してくる。



「っ、おかえりなさい!」



何だか急に堪らなくなって気付いた時には床を蹴り上げ、ローさんの胸に飛び込んでいた。結構な勢いをつけて飛びついたはずの私の身体は、刺青の入った逞しい腕に難なく抱きとめられる。



「フフ…やけに素直じゃねェか」



ぐりぐりと額を擦り付けながらパーカーの布地を握りしめる私に、巻きつけた腕の力を強めながらローさんが笑った。いい子にしてたか?なんてからかうように言いながら、頭を撫でる大きな手に覚えた安心感は底知れない。





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