君だけの居場所は、ここにある




ナマエが部屋へ戻ってきたのは、俺が食堂を出てから半刻は軽く過ぎた頃だった。元々面倒見のいい世話焼きなペンギンが、やけに張り切り出した時から予想はしていたが……ナマエのトレーニングとやらが始まってからというもの、二人で過ごす時間は目に見えて激減していた。



「遅ェよ」

「ごめんごめん」



謝りながら近づいてきたナマエの小さな身体を腕の中へ閉じ込めて、抱き込むように重心をかければ。重たいとか何とか文句を言いながらもくすぐったそうに笑う。そのままスプリングの利いたベッドへと引き摺り込んで、両手でしっかり包み込んだ頬を親指で撫でた。



「っ、くすぐった…ふふっ」



恥ずかしそうに視線を彷徨わせるナマエの額や瞼、鼻と手当たり次第に唇を落としながらゆっくりと身体を押し倒す。さっきの林檎のように顔を赤くしたナマエが、羞恥と期待に染まった瞳で見上げてくる。



「んな顔で見んな」



それに応えるように淡く色づく柔らかな唇を食んだ。口づけの合間に零れる吐息すら逃がさぬように、鼻先が触れる距離で何度も何度も繰り返す。一度味わってしまったこの甘やかな温もりに、果たして飽きることなどあるのだろうか。満たされた一秒後にはすでに求めてしまっているというのに。



「…っん、ロー…さ、」



頬から滑り落ちた手のひらは首筋、鎖骨、肩と描く曲線を確かめるようにそっと這う。奪ったり壊したりするんじゃない、守るように慈しむように。力を込めれば簡単に折れてしまいそうな細い腕を辿って、自分のものとは全く異なる柔らかで小さな手のひらに、ギュッと指を絡めた。



「…ぁっ」



ぴくりと震えた細い指が、応えるように力を返してくる。顔の横にある絡んだ指と指を照れ臭そうな表情で見つめるナマエの、剥き出しの白い首に顔を埋めた。わずかに漏れた甘い声に、じわじわと身体の奥からせり上がってくる何かを噛み締めるように。



「ナマエ…」



繋いだ指先に触れるだけのキスをして、繰り返し名前を呼ぶ。握り慣れないナイフのせいか、ナマエの手のひらはところどころ皮膚が硬くなっていて、よく見ると擦れた部分は赤くなっていた。



「………」

「ん…っ」



ぺろりと舐め上げる濡れた舌の感触に、大袈裟に肩を揺らしたナマエ。本当はこんな傷を作ってまでお前が強くなる必要なんて無いんだと、そう言ってやりたい。だがそれは、ナマエの意思を汲むことにはならないから。


手のひらの肉刺や小さな切り傷の痕を、労わるように舐め続ける。恥ずかしさとくすぐったさでナマエが身を捩ろうとも、ただひたすらに舌を這わせた。指先から始まった愛撫は、次第に身体全体へと移っていく。



「お前、守られるだけじゃ嫌だっつってたな」

「ン…う、んっ…言った、よ」

「強くなることが悪いとは言わねェ、ただ…」

「…あ、っ…ん」

「ここが、お前の居場所だって忘れんな」



何の力も持たねェお前が空から降ってきたあの日から、それは変わらない。強い弱いなんかじゃない、理屈じゃねェんだ。俺がお前をそばに置いているってことは。だからこうやって二人で過ごす時くらいはもっと甘えて、もっと俺に溺れちまえ。


――そんな俺の言葉に、困ったような嬉しいような何とも形容しがたい表情を浮かべたナマエ。目尻に涙を溜めてはにかんだように小さく笑う唇へ、誘われるようにもう一度口づけた。





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