そろそろ我慢の限界だったりします




「…ハァ……何の罰ゲームだこれ…」



ツンと薬品臭の漂う静かな部屋で、俺は大きく溜め息を吐く。ぐしゃりと掻き混ぜた短い髪を掴んだまま、思い浮かべるのは―…ナマエの顔で。


アイツがこっちの世界へ残ることになってから、約二週間。最初の一週間はまだよかった。打撲を負ったナマエの身体が純粋に心配で、ただの「医者」として触れられたから。


問題は、怪我の具合がよくなってからだ。

この間上陸した島ではナマエのこともあって、普段のように娼婦を抱くこともしなかったから。ただでさえ欲求は溜まっているというのに……


無防備な寝顔、風呂上がりの火照った肌、寝起きの掠れた声――総動員した俺のなけなしの理性がいつまで持ち堪えられるか、もう自信がねェ。


いつもの俺なら迷わず組み敷いて、欲望のまま抱いただろう。……それが出来てたら、こんな所でカルテの山に埋もれてなんかいないが。



「…あー…、ダセェ…」





*****





「…ローさん?こんな所で寝たら風邪ひくよ?」



心地よく耳馴染みのいい声が、俺の名を呼ぶ。どうやら机に突っ伏したまま、知らぬ間に眠っていたらしい。ぼんやりと覚醒し始めた意識の片隅で、小さな手が肩を揺さぶってくるのを感じた。



「……ん、ナマエ?」

「ローさん、寝るなら部屋行こう?」

「…あー……」



薄目を開けたままの俺の顔を覗き込むように、身を屈めるナマエ。ふわりと香った石鹸の匂いが、風呂上りであることを知らせる。――と同時、これまで幾度も堪えてきた衝動が腹の底からせり上がってきた。



「…っ、わ!?」



思わず伸びた手は、ナマエの細い手首を掴んでいて。バランスを崩してつんのめった華奢な身体を、いとも簡単に腕の中へ閉じ込めた。伝わる体温で、感触で、匂いで、ぐらぐらと揺さぶられる脆い理性。



「…ローさん?あの、ね…―」

「悪ィ、」

「…っ」



何か言いかけたナマエの言葉を遮って、目を逸らした。これ以上くっついているのは危険だ。わざわざ医務室まで避難してきた意味がねェ―…そう思い、咄嗟に離した身体。



「先に部屋で寝てろ。キリのいい所まで片付けたら、俺も戻る」

「え、じゃあ私も一緒に手伝うよ!」

「大丈夫だ」

「でも…っ」

「いいから待ってろ。な?」

「っ、わかった…」



らしくないと内心苦笑いしながらも、石鹸の香る少し濡れた髪を柔らかく撫でれば。少しだけ不服そうに頬を膨らませたナマエが小さく頷く。


後ろ髪を引かれるように物言いたげな視線を向けつつ、出口へと歩き出すナマエの背中を見送ってから――…



「……明日島に着いたら、やっぱりアイツ用のベッド…買ってやるか」



一際大きな溜め息とともに零した独り言は、消毒液の匂いのするこの部屋へ波紋を投げかけるように静かに響いた。





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