君の仕草一つ一つが、やけに温かい




投げる、刺す、切る、様々な使い方が出来るのがナイフの便利なところだ。「得物」という観点で見るならば、腕力のない女の私でも簡単に振り回せるし携帯もしやすい。ちゃんと扱えさえすれば、小さな見た目のわりに攻撃力もなかなかある。


強いて言うならば、リーチが短いので近距離でしか効果を発揮しないのだけれど、それも自在にナイフ投げが出来るくらいのレベルに成長すれば、多少のハンデは克服できる。我ながら、自分にぴったりの武器を見つけられたなぁ、なんて感心しながら……



「なんでこんな毎日大量に林檎を剥かなきゃなんないわけ!」



そう、夕食を終えた食堂でペンギンが目を光らせる中、私は今まさに真っ赤に熟れた林檎の皮剥きに精を出している。これも筋トレが始まってから毎晩繰り返されている、ノルマの一つだった。



「初日よりはだいぶ上達したじゃないか」

「え、ありがとう…って!そうじゃなくて!」

「ナマエ、最初にも言ったが…自分の得物は身体の一部だと思え」

「う……はい」



ペンギン曰く、握ったナイフが指先の一部だと思えるくらい自然に扱えるようになるための訓練だそうだ。そんなわけで、街の市場でシャチが買って来てくれた段ボール箱に入った林檎を、ただひたすら剥き続ける。

ローさんが贈ってくれたナイフは果物ナイフではないからそれなりに刃渡りもあって、丸い林檎を剥くのは意外と難しい。


ちなみに今日は林檎のウサギちゃんだけど、昨日は千切れることなくどこまで薄く皮を剥き続けられるか…という訓練だった。もちろん剥けた林檎は、ベポのお腹の中へどんどん吸い込まれていく。



「こんなんで本当に効果あるのかな…」

「千里の道も一歩からって言うだろう。何事も地道にコツコツと、だ」

「…はぁーい、ペンギンせんせー」



でも確かにナイフを自分の思い通りに動かすのには、だいぶ慣れてきた気がする。柄を握る力の強弱だとか、手首の動かし方のコツが掴めてきたかもしれない。殺傷能力さえ十分に持つ刃の鋭い光にも、すっかり慣れたもんだ。



「相変わらず危なっかしい手つきしてんな」

「あ、ローさん」

「おい、まだ終わらんねェのか」

「んーあともうちょっと…」



真っ白なお皿に山盛りになった赤い林檎ウサギを一つ、ひょいと持ち上げて口に運ぶローさん。しゃり、しゃりしゃり。瑞々しい軽やかな音を立てて、林檎を咀嚼する。ぶっきらぼうに言いながらも、見守るように隣へ腰掛ける姿に少し嬉しくなった。


せっせと手を動かしながらチラッと横目で窺えば。甘くて美味しいでしょ、なんてニコニコ笑うベポのふわふわの頭を軽く撫でながら、テーブルに肘をついてこちらを見ているローさんと、バッチリ目が合う。



「まさか贈ったナイフが林檎の皮剥きに使われるとは思わなかったな」

「ち、ちゃんと使う前と後は洗ってるからね…!?」

「……そういう意味じゃねェ」

「え、どういう…」

「物騒なモン振り回すより、大人しく包丁握ってメシでも作ってるほうがいくらか可愛げがあるんだがなァ」

「なにそれ……?」



暗に可愛げがないと言われて、何とも複雑な気分になった。ため息まじりにさあな、なんて言いながら立ち上がったローさんは、それでも不機嫌そうな様子はちっともなくて。自然と寄った私の眉間の皺を、刺青の彫られた指でコツンと弾きながらニヤリと笑う。



「部屋で待ってるからさっさと来い。言うこと聞いてくれんだろ?」



すっかり忘れていた昼間の約束を思い出して、サーッと血の気が引いていく。あれ、デジャヴ?食堂を一足先に出て行くローさんの後ろ姿が、やっぱり愉しげに揺れていた。夜はまだまだ、更けそうにない。





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