触れる指先は恋しいというのに




夕食時の食堂。カレーの匂いで満たされたそこへ、お腹を空かせたみんなが続々と集まって来る。そんなガヤガヤと一気に騒がしくなった食堂の入り口に、ベポと一緒に姿を現したローさんを見つけて思わず駆け寄った。



「ローさんっ!」

「…何だ、どうした?」

「あ、いや…えっと……お腹空いた!早く食べよう!?」



さっきまで頭の中を占領していたローさんの姿に、何故だか逸る気持ちを抑えられなくて駆け寄ってはみたものの。こんなに大勢のいる前で、次の言葉を紡ぐことなんて出来るはずない。



「は?…くくっ、何だそりゃ…わざわざ言いに来ることか?」



不自然ともとれる珍妙な私の言動に、低く笑いながらもわしゃわしゃと頭を撫でるローさん。

その横顔を盗み見る限り、コックさんが言うような「荒れた」部分は見当たらない。私にとっては「いつも通り」のローさんだ。さっき甲板でキスされて逃げ出したことも、特に気にしてる風でもない。

……コックさんはああ言ってたけど、気の所為なのかな?それともローさんのイライラの原因は、他にあるとか…?



「おいナマエ、カレーついてんぞ」

「…へっ?」



考えごとをしながらスプーンを口に運んでいた私は、どうやら盛大に口周りを汚してしまっていたらしい。聞こえてきた呆れを含んだ声色にふ、と顔を上げれば。

口端についていたカレーを拭い取るように、節くれ立った指先が唇に触れた。――瞬間、ビクッと肩を揺らしてしまった私に気付いたローさんが、少しだけ眉を寄せる。



「…あ、ごめん…あり、がと…」

「……別に取って食いやしねェよ、バーカ」

「痛っ!…もう!」



パチンと弾かれたおでこを摩りながら睨み上げたローさんは、いつも通りの何を考えているのか分からない表情で、残りのカレーを頬張っていた。……でも何でかな、今こうして目と目が合わないことにすごく不安を覚える自分がいる。


こんなにも近くにいて、お互いの温もりに触れることだって簡単に出来るはずなのに、二人の間に横たわるのは―…


まるでほんの少しの力加減で簡単に壊れてしまう、薄氷のような目に見えない壁。踏み込んでしまえば何てことはないのかもしれない。けれど躊躇って二の足を踏んでしまう、臆病な私。



「ごちそーさん」

「…え、もういいの?おかわりは?」

「要らねェ。…ちょっと医務室で仕事してくる」

「…っ、わかった」



すたすたと背を向け食堂を出て行く後ろ姿に、何も言えず見送ることしか出来なくて。きれいに平らげられたカレー皿がぽつんと残る、隣の席を見ていたら何故か胸が痛くなった。





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