もちろん、抱きまくら係は続行で




街中で見かけたベポの傍らには、売約済みの札が貼られた三本脚の丸椅子が二脚。一見シンプルなつくりだが、座面には細やかな彫刻が施されていて何とも素敵だ。

つい見惚れてしまいそうな視線をぐるりと巡らせてから気付いたが、そこはローさんが私のベッドを注文した家具工房の店先だった。


昨日はこの工房を後にしてから色んなことが目まぐるしく起こった。ユースタス・キャプテン・キッドこと、あのキッドさんが現れたかと思えば、あれよあれよと言う間にローさんと、何ていうかその…まぁアレだ…やっと一つになることも出来たし。


幸せいっぱい、ふわふわとどこか夢見心地な気分で今朝を迎えたわけだけど、一つだけ気がかりなことがある。



「…そう言えばローさん、」

「あ?」

「私、その…抱き枕係は…えと、続行ってことでいいん…だよ、ね?」



最初は半ば無理やりローさんと同じベッドで眠ることになった私だけど、隣で感じる寝息と規則正しい心音、二人分の温もりが心地いい…だなんて。いつの間にそんな風に感じるようになっていたんだろう。


不安を押し殺しながらそっと見上げたローさんは少しの逡巡の後、ふっと柔らかな笑みを落として言った。



「当たり前だろ」

「…でも注文しちゃったベッドどうしよう…」

「あー…爺さんにゃ悪ィが、キャンセルしちまうか」

「キャンセル!?」

「そりゃそうだろ、今さら別々に寝るなんざごめんだ」

「でも…」



そりゃ私だってこれからもローさんと同じベッドで寝ることには同意こそすれ、意義を申し立てるつもりなんてないけれど…。無理言って最短の納期で仕上げてもらえるようお願いした手前、さすがにキャンセルは申し訳なさ過ぎる。


それに素人目に見てもお爺さんの作る家具は使い勝手が良さそうで、そのうえ木の温かみが生かされたデザインもとっても素敵だ。キャンセルなんて勿体ない。どうしたものかと悩んでいれば――



「おやおや、お前さんらは昨日の…」

「あっ」

「よォ、爺さん」



マグカップを二つ乗せたお盆を持って、工房の奥からお爺さんがやって来た。甘ったるいココアの香りが、立ち上る湯気と一緒に鼻先を掠めていく。差し出されたカップを受け取りながらベポが人懐こい笑みを浮かべ笑った。



「キャプテンたちも偶然通りかかったんだよ!」

「おう、そうかい。あんたらもココア飲むかね?」

「いや、いい。それより相談なんだが…」

「ああ、注文を受けたベッドのことじゃな?話はぼんやり聞こえとったよ。もう木も切り出して、図面も引いておったんじゃがのう…」



右手を挙げたお爺さんがローさんの言葉を遮る。口をへの字に曲げながら渋い顔をして見せたお爺さんの反応はもっともだ。ローさんもそれが分かっているのか、静かに耳を傾けている。



「もちろんこっちの勝手なキャンセルだ。昨日払った代金はそのまま持っといてもらって構わねェ」

「そういう問題じゃない。金を貰ったからには客が満足するモンを作らにゃ、ワシの気がすまんのじゃ」

「だが生憎新しいベッドは不要になっちまったんだ、爺さん」



職人気質とでもいうのだろうか…代金を貰ったからには納得のいく品を渡すのが、家具職人としての自分の意地なんだとお爺さんは言う。

一歩も引く気配のないお爺さんの様子を見兼ねてか、熱々のココアを冷ますのに夢中になっていたベポが、のんびりと間延びした声で仲裁に入った。



「じゃあさー何かベッド以外のもの作ってもらえばいいんじゃなーい?」

「……あ、なるほど!」

「そうだな、爺さんがそれで良けりゃ…」

「ふむ、どうせ作るなら愛着持って使ってもらえるもんがええしのう…」

「愛着、かぁ……あっそうだ!」



顎に手を置いたまま考えに耽るお爺さんの言葉に、少し手狭になってきた物置部屋改め、自室を思い浮かべれば。そういえば…とナイスなアイディアが閃いた。そうだよ、今の私にはベッドよりももっと必要なものがあったじゃないか。



「ねえお爺さん、こういうのは今からでも作れます?」

「…ん?ほうほう、なるほどのう。うむ、引き受けたぞ!」



ごにょごにょと耳打ちした私に、お爺さんは頼もしい笑みを向けてくれた。きっと素敵なモノに仕上げてくれるだろう。

ちょっぴり物言いたげなローさんの視線はチクチク突き刺さるけど。何が出来上がるかは、完成の日までお爺さんと私だけの秘密だ。





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