溺れているのは、お互い様です




船長室から食堂へ向かう長い廊下。壁に等間隔に並んだ丸い窓から覗くのは、すっかり日も落ちて暗くなった宵闇の空。普段はクルーの誰かしらとすれ違うというのに、さすが上陸中だ。見事なまでに人気がない。



「あーお腹減ったぁー」

「そうだな、あんだけ声出して腰も動かせば腹も減るな」

「ちょッ…なんでそんなイヤらしい言い方するのー!」

「事実を述べたまでだろ?現にさっきまで気持ち良さそうに鳴いてたじゃねェか」

「ちっ、違うし!すっごい痛かったもん!今だって歩くのがやっとなんだからね!?」

「あーはいはい、たっぷり労ってやるからそんなに喚くな」



顔を真っ赤にして反論する私の頭の上に、ローさんの大きな手のひらが乗せられた。ポンポンとあやすような仕草につられて、噛みついていたはずの口を噤めば。



「フフ…可愛いヤツ」



――なんて、ぽつり頭上から優しい声色が零れ落ちてきたものだから、嬉しいような恥ずかしいようなむず痒い気持ちでいっぱいになってしまう。ああもう、何だかローさんのそばに居ると、胸がキューッとなって息苦しい。


身体を重ねることで以前よりも深くローさんのことを知って、私のことももっとローさんに知ってもらって。そうすれば一人で抱え込んでいた、この溢れかえるローさんへの想いも、少しは落ち着くんじゃないかって思ったのに。



「……ローさんは、ずるい」



互いを隔てるものなんて何もない状態で触れ合って、熱を分け合うことで加速度的に膨れ上がってしまった感情は、はち切れんばかりにこの胸を飽和させていく。



「何がだ?」

「私のこと、ダメにするつもりでしょ」

「は?」

「だって私…こっちの世界に残ってからローさんのことしか考えてない」

「ナマエ…」

「ローさんしか見えてないみたいで、何かこわいよ」



際限なく私を夢中にさせていくローさんに、何だか少し悔しくなって。せめてもの抵抗は、こちらをじっと見つめてくる姿から視線を剥がしてしまうこと。

…目を逸らしたって私の視界が捉えるのは、ただ一人だって分かっているのに。これは私の意地だ。



「……ハァ…馬鹿か、お前は」

「なっ、バカってひど!」

「さっきの言葉、そっくりそのまま返してやるっつってんだ、バーカ」

「痛っ!!ちょ、何なの!?」



大きな溜め息の後、いきなり指先でバチンと弾かれたおでこがジンジンと痛む。バカバカと二度も連呼されて、すごいムカつく。ていうか私、そんなおバカ呼ばわりされる覚えないし!大体さっきの言葉って、…………あ。



「え?っと…あれ?え、うそ…」

「やっと気付いたか。…俺はとっくにお前しか見てねェんだがな」



驚きのあまり立ち止まってしまった私を振り返ると、ニヤリと確信犯的な笑みを浮かべるローさん。スッと伸ばされた手を思わず掴めば、そのまま力強く引き寄せられる。

自然とエスコートするように腰へ回された腕に、わたわたと慌てる私を気に留めるでなく、ローさんは辿り着いた先にある食堂の扉を開け放った。


その向こうに居たのは、普段の半数にも満たない程度のクルー達。私とローさんの姿を見つけ、何故か盛大な拍手が湧き起こったのだけれど――これは一体どうしたというのか。

思わず開けた扉をそっと閉めそうになったのは、ここだけの話だ。





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