忙しない喜怒哀楽は、君のせい ずんずんずん、擬音にするならこんな感じ。ローさんに掴まれたままの腕がじんじんと痛む。酒場を出てから、ローさんは一言も喋らない。ちらりと見上げるこちらの視線には気付いてるはずなのに……目も合わせてくれない。 「……ローさん、どこ行くの?」 私はやっと手元に戻ってきたナイフが嬉しくて。でもそれ以上に、ローさんが私を探し出してくれたことがもっと嬉しくて。漫画のヒーローみたいなタイミングで迎えに来てくれたローさんの姿にもちろんびっくりはしたけど、実はこっそり感激しちゃったりなんかしたのに。 「知らねェ」 「な、なにそれ…!」 何でこんなにもローさんは不機嫌なわけ!?そりゃ、ベンチで待ってろって言われたのにウロチョロした私は悪いけど!でも飛んでったナイフを追いかけた先で、まさかキッドさんがいるなんて思わないもん。 私だって想定外すぎる展開だったんだから仕方ないじゃない。だからこそこんなにも分かりやすい"不機嫌な姿"を見せられたら、さすがに私だって腹が立つ。 「ねえ、痛いんだけど…腕!」 「……あ?」 「離してよ!」 荒げた私の声に一瞬だけ緩んだ、ローさんの左手。その隙に思いっきり腕を振り払って、後ろなんて振り返らずにスタスタと前を歩く。正直どこをどう歩いてるかなんてさっぱり分かんないけど、私の話も聞かず勝手に怒ってるローさんなんて知らない。 「チッ…おい、待て!」 「っ、やだ!もう、離して!ローさんなんか知らないっ」 「ナマエ!」 肩を怒らせて歩く私の背に、苛立ちを含んだローさんの声が被さる。思わずピクリと反応した私を、二億の賞金首である海賊が見逃すはずもない。さっきまでとは比べものにならない力強さで、くっつく磁石のような勢いのままグイと引っ張られた。 「やっ、あ…っ!」 突然襲われた衝撃に、思わずぎゅっと閉じた瞳。背中に感じた固い感触に恐る恐る瞼を持ち上げた時には、すでに薄暗い路地に引き摺り込まれた後だった。私の身体は冷たい壁と刺青の入った腕に挟まれ、身動きが取れない。 「勝手に居なくなろうとすんじゃねェ…!」 「ローさん…?」 握った拳をそのまま壁に打ちつけたローさんが、項垂れるように私の肩先へおでこを乗せた。荒々しく壁に響いた音とは裏腹に、視界いっぱいを占めるローさんの濃藍色の頭は、呼吸に合わせ小さく上下する肩と一緒にゆらりと動く。 もちろん笑っているわけでも、怒っているわけでも、きっと泣いているわけでも―…ないはずなんだけれど。何故だか視界を埋め尽くす蒼に、胸がきゅっと掴まれるようなそんな気がして。 さっきまでの怒りなんてどこへやら。こわごわと伸ばした右手で、意外と柔らかな短い髪の毛をそっと撫でた。 目次 | *前 | 次# |