君はいつも勝手にいなくなる




「いらっしゃいませー。ただいまキャンペーン中につき、ダブルのお値段でトリプルが選べますがどうされますかぁー」

「……あ?」



ナマエのご機嫌取りの為、間抜けを承知でこうしてジェラート屋台の列に並んだ俺だったわけだが。やる気の欠片も無い店員の棒読みのセリフに、たった一人ノコノコとこんな場所へ来てしまったことを心の底から後悔した。



「500ベリーで3つの味が楽しめる期間限定キャンペーンでーす」

「……いや、普通のやつで構わない」

「かしこまりましたぁー」

「………」



二億の賞金首は、普通ジェラートなんて食わねェだろ。いや万が一食うとしても、自分でこんな列に並ぶことはないだろう。注文の仕方なんて知るか。



「お味は何になさいますかー?」

「は?味…?」

「人気なのはコレとコレとコレでーす」

「……(どれがアイツの好みかさっぱり分からねェ)」



それなのにこの目の前の能天気な店員は、酷な選択肢を突きつけてきやがる。何故こんなどうでもいい選択肢で、俺が冷や汗をかかなくてはいけないんだ。しかも黙りこくる俺の背後では、後ろに並んだカップルの耳障りな囁き声。



「ねえ、あれって新聞に載ってた海賊?」

「ばーか、新聞の記事になるような極悪人がこんなとこでジェラート買ってるわけねーって!」

「あはっ、だよねぇ!他人の空似かなー?」



……悪かったな、札付きのお尋ね者がこんな所でこんなモン買ってて。後ろから聞こえてくる会話にハア、と大きくため息を吐けば。



「迷われてるようなら、人気の三つの味でトリプルにされますかー?」



ジェラートの味ひとつ決められやしない俺を憐れむように、目の前の店員がまたしても期間限定のキャンペーンだとかいうトリプルを推してくる。ああもう、何でもいいからさっさとよこせ!



「チッ…任せる。これで足りんだろ――」



そう、俺がイラつきながらベリー紙幣を突きだした瞬間だった。

どこかの建物の壁が崩れ落ちたのか地響きのような音が遠くから聞こえ、それから少し遅れて町の人間たちがバタバタとこちらへ駆けてきた。


口々に騒ぎ立てる様子に、大方その辺りの酒場で海賊の小競り合いでも起きたんだろうと予測はつく。普段なら高みの見物とばかりに冷やかしがてら覗きに行くのだが――生憎と今はそれどころではない。


しかも音のした方角は、ナマエが居るであろう街路樹の向こう。嫌な予感しかしない。



「クソ…ッ」

「あっ、ちょ!お客さーん?」



てんこ盛りになったジェラートの山を差し出してくる店員を振り払って、ナマエが待つベンチへと駆けだした。





*****




「……ナマエ?」



さっきまで恥ずかしそうに顔を赤らめて腰を下ろしていたはずのナマエは、ベンチから忽然と姿を消していた。


周りを見渡してみるがそれらしき姿は見つからない。単にその辺りをふらついているんだろう、と安易な予想に落ち着けるはずもなく。"ナマエがいない"――ただそれだけのことに、こんなにも動揺してしまう自分が情けなかった。


あの時のように何も告げず、姿を消さないでくれ―…そう言ってしまえたらどれほど楽だろうか。きっと俺がこんなことを考えているなんて、アイツは気付いてもいないだろう。


苛立つ気持ちを抑えるように、手にした刀の柄をギュッと握り締めた――その時だった。



「さっきの女の子、可哀想になぁ…」

「全くだ。海賊に拐われた女の行く末なんて目も当てられねぇな…」

「ああ、だがああいうヤバい奴らには関わらないのが一番だ」

「そうだな、自分の身が一番だぜ」



すれ違った二人組の会話に、ひやりと冷たいものが背中を走った気がした。





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