前略、私は元気に暮らしてます




人生っていうのは何が起こるか分からないもので。

いつもと変わらぬ朝を迎えたはずの私が、辿り着いた場所は―…慣れ親しんだ職場ではなく、あの海賊漫画"ワンピース"の世界だった。


すったもんだの末、ローさんの元へ残ることに決めてから早2週間。的確なローさんの手当のお蔭か、怪我の具合はもうすっかり良くなった。


――ただ、ここで一つ新たな問題が浮上。



「……はぁ…、嫌ってワケじゃないんだけど、なぁ…」



グランドラインにしては珍しいらしい穏やかな潮風が頬を撫でていく中、甲板で膝を抱える私から零れるのは…大きな溜め息。



「何が嫌じゃないって?」

「…っ、ローさん!」

「……何だ、人を化け物見るような目で。失礼な奴だな」



――そう、最近の私を悩ませる要因こそが…この隣に腰掛けた隈面の男、トラファルガー・ローである。



「ナマエ、明日には島に着くらしい」

「え、あ…そうなの?」

「ああ、お前にとっちゃ2つ目の島だ。なんか欲しいモンや見てェ場所があったら、考えとけ」



ぶっきらぼうにそう言いながら、カモメが鳴く水平線の向こうへ目を遣るローさん。

もともと分かりづらい優しさは、ローさんの専売特許だったけど…私がこっちへ残ってからは特にそれが目立つようになってきた、ように思う。



「…ふふ、ありがとう」



何も変わらないようでいて、でも確実に小さな何かが芽吹いた二人の関係。

優しくされることは嫌いじゃない。向こうの世界でそんな風に私を扱ってくれる人はもういなかったから、くすぐったい気持ちはあっても…やっぱり嬉しさのほうが勝つ。



「…ナマエ、」



――でも、未だ慣れないのだ。この、距離が。



「……っん、」



するりと頬を撫でながら、ローさんの長い指が輪郭をなぞるように私の耳に触れる。ちゅっと軽く音を立てながら何度も降ってくる口づけが深まるその前に、そっと胸板を押し返した。



「ごめん、ローさん!コックさんと夕飯の準備手伝う約束してたの忘れてた!」



引き留めて強引に奪うことだって、ローさんにとっては容易いのかもしれない。けれどそうはしないローさんの優しさに甘えて、今日もまた逃げ出してしまった。


一緒のベッドで寝起きしている私たちだけど、実は未だにキスから先には進んでいない―…そんなこの2週間、だったりする。


もちろんその結果を生み出している原因は、私だ。

ローさんはその先の行為を望むような素振りを多々見せてくるけど(何たってこの船のセクハラ王でもあるし)、ソレをさり気なくスルーしてここまで来てしまった。


嫌なワケじゃない、でも怖い。どうしていいか分からない。求めに応じた途端にローさんが興味を失くしてしまったら―…そう考えると踏み切れないのだ。


これこそが、私の目下の悩みである。





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