無鉄砲が玉に瑕な、私です




私をからかったお詫びのつもりか…なんとあのローさん自ら、冷たい飲み物か何かを買って来てくれるらしい。

ニヤリと笑って通りの向こうへ姿を消したローさんの背中を見送って――



「あー…もうっ、あれだけで恥ずかしがってたら…それ以上なんて、絶対無理だよ…」



思い出すのは繋いだ手の感触だとか、抱き寄せられた腰だとか、見事なまでに翻弄されるローさんの一挙手一投足で。


熱をもって火照る頬へ手を当てて、必死でざわつく心を落ち着かせようとすれば。

ふと腰のホルダーに差し込んだ護身用のナイフが、カタカタと小刻みに揺れているのに気付いた。



「な、なにこれ…地震?じゃないよね…私、揺れてないもん。ハッ!もしかしてポルターガイスト!?」



あと少しでホルダーから飛び出していってしまいそうなほど、大きく上下に揺れ出したナイフ。

驚きながらもローさんに貰った大事なモノだからと、慌てて手をかけた瞬間――ガシャーンだとかドゴォーンだとか、物騒この上ない轟音がビリビリと大気を震わせ鼓膜に届く。



「ひゃあッ!!…な、何なの〜一体!」



通りを行き交う人たちも思わず足を止めるほどの凄まじい音に、咄嗟に両手を耳へ当てたその時だ。



「…えっ、あぁあッ!?ちょ、待っ…!!」



何か抗えないほどの強力な力に吸い寄せられるかのように、腰のホルダーに収まっていたはずのナイフがひとりでに―…そう、比喩でも何でもなく魔法にでもかかったみたいに勝手にビューンと飛んでいってしまった。


夢でも見ているんだろうかと頬っぺたを抓りながら、ふわふわと宙に浮いたまま移動するナイフを走って追いかける私の姿は、きっと最高に滑稽だったと思う。



「待って待って〜!私のナイフーー…って、うわッ!!」



ナイフを追いかけ辿り着いたのは、ローさんが歩いて行った方角とはちょうど正反対――少し賑やかな酒場やレストランが並ぶ一角で。視界に飛び込んできた光景に、思わず息を呑む。


崩れ落ち、瓦礫と化した酒場らしき建物の壁。こんな言葉があるのかどうか知らないが、きっと破壊されたてホヤホヤなんだろう…よく見ると、粉塵が舞い上がるその場所で、蹲るようにして人が転がっていた。


いや、それよりも何よりも注目すべきは――…



「チッ胸くそ悪ィ町だ、何なら島ごと消し飛ばしてやってもいいんだぜ?なァ、キラー」

「違いない。……と言いたいところだが、まずは買い出しを済ませてからだ」



薄れていく土煙の中から姿を現したのは、目に痛いほどの赤・赤・赤。

揺らめく炎のように逆立つ赤い髪、耳まで裂けるかと思うほどに口角を上げた凶悪な笑み。ボリュームのあるコートから覗く胸板や筋肉の盛り上がった腕は逞しい。



「……ユースタス・キャプテン・キッド…!?」



そしてその天に向けて掲げられた右腕に纏うのはおびただしい量の刀や銃、ボルトや鉄屑、金属片――それから、、私のナイフ!!!



「…あ?何だ、テメェは」

「ちょっとー!それッ、そのナイフ!私のなんですけど!!」

「はァ!?」



人を射殺さんばかりの鋭い目つきで凄んでくるのは、漫画でも見覚えのあるあの"ユースタス屋"さんだった。般若のような顔つきがこわくないと言えば嘘になるけど、それよりも私にとってはローさんに貰ったあのナイフの方が大切なわけで。


自分の取った行動がどんな結果を生むかだなんて――頭で考えるより先に、あの赤鬼のような閣下へ果敢にも掴みかかっていた。





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