大切にしたいのは、君だからです




「バーカ、何泣きそうなツラしてんだ」

「…だっ、て…!」

「くだらねー心配してんじゃねェよ」



不安気に瞳を揺らすナマエの姿が、声が、どうしようもなく胸を締めつける。いっそこのまま壊れるくらい強く抱きしめて、唇も身体も奪ってしまえたらいい。


けれどそうしないのは―…何故だ?なにを躊躇う?女を抱くことなんて食事や排泄と何ら変わりない、そう思っていたはずのこの俺が。


――いや、女だからじゃない。ナマエ、だからだ。


ナマエだから、大切にしたい。ただ奪うんじゃなくて、他に何も見えないくらい溺れさせて俺だけを求めるように。ナマエから俺を欲しがるまでは、無理やり抱いても意味がないんだ。



「なんだ、それともアレか?もっとセクハラして欲しいって?」



柔らかな髪をくしゃり掻きまぜながら、わざとニヤリと笑えば。



「っ!!ば、違っ!そんなんじゃ…ッ」

「フフ…顔真っ赤だな」



素直に反応を返すコイツが、堪らなく愛しい。俺の言葉や態度ひとつで、慌ててみたり顔を赤らめたり。そんな初心な姿をずっと見ていたい―…なんて、いよいよ俺も末期らしい。



「でもナマエよかったんじゃないー?ずっと一人で寝たいって言ってたし!」

「う、ベポ……」

「ま、そういうことだ」



ポンポンと頭に乗せた手を宥めるように動かせば、どこか納得のいかない表情を浮かべながらもコクンと小さく頷くナマエ。



「さて、俺の用事はもう済んだ。次はお前の話とやらだな」

「あ…そ、そうなんだけど…」



チラリと物言いたげな視線をベポへ向けながら、困ったように口をパクパク動かすナマエ。……何だ?ベポが居ては話せないような内容なのか…?



「ベポ」

「アイアイ!」

「これで好きなモン食ってこい。今日はもう好きに過ごして構わない」

「えっいいの!?キャプテンありがとう!!」



人払いならぬ熊払いの為に渡したベリー紙幣を握り締め、芳ばしい匂いの漂う屋台へ向かって駆け出すベポの背中を見送ってから。



「…ナマエ、話ってのは何だ?」

「あ、うん……ちょっと、歩きながらでもいい?」



やはり不安げな表情のままこちらを見上げてくるナマエに、内心首を傾げながらも手を取り歩き出す。



「っ、ローさん…手、」

「あ?手がどうした」

「……恥ずかしいん、ですけど…」



赤くなった頬を隠すように俯いたまま、もぞもぞと繋いだ手のひらを解こうともがくナマエ。そんな姿に悪戯心が刺激されたのは言うまでもなく。



「は?…ああ、フフ…じゃあこうしてやろうか?」



わざとあっさり離した手のひらを、ナマエの腰に回して引き寄せれば。



「っひゃ!」

「ククク…」



色気も何もない素っ頓狂な声を上げるもんだから、それがやけに可笑しくて。真っ赤な林檎みてェに頬を膨らませて怒るナマエで遊ぶのは愉しいが、あまり機嫌を損ねてもいけない。



「もう!からかわないで!」

「フッ…クク、悪かったな」

「絶対悪いと思ってないっ!」

「あー…何か冷たいもん買ってきてやるから機嫌直せ、な?」

「……うー、じゃあ甘いのがいい」

「フフ、いい子にして待ってろよ?」



街路樹の下にあるベンチへナマエを座らせて。確か向こうの通りにジェラートの屋台が出ていたはずだ、と来た道を引き返す俺の姿は――きっとシャチやペンギン辺りが見つけたら、腰を抜かせて驚くに違いない。





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