こんな気持ちは生まれて初めてです




工房は通りに面した部分がお店で、その奥が作業場になっていた。店内奥へ迷いなく進んだローさんが、忙しなくノミを動かすいかにも職人といった風情のお爺さんへ声をかける。



「おい爺さん、置いてある家具はこれだけか」

「何じゃお前さんら、海賊かのう?」

「ああ。そうだが、無法者には売らない主義か?」

「いやいや、そうじゃありゃせん」

「だったら何だ」

「この島のログは1日もあれば貯まるんじゃが、うちはオーダーを貰ってから作り始めるからのう…海賊のお前さんらは先を急ぐのじゃろう?」



額に浮かぶ汗を拭いながら朗らかに笑うお爺さんの言葉に、思わずローさんを見上げれば。



「……コイツが使うベッドが欲しい。最短どのくらいで出来るんだ」

「そうさねぇ〜今の時期なら…五日、じゃな」

「えっ、五日も!?ろ、ローさん…あの、私…っ」

「分かった、金は先に渡しておく」

「ちょ、えっ…そんな!」



わざわざ航海を足止めさせてまでベッドを用意してもらうのが申し訳なくて。慌ててパーカーの裾を引っ張ってみたのだけれど。そんな私の様子なんて気にも留めず、ローさんはお爺さんと勝手に話を進めていく。



「爺さん、出来上がった品は五日後にコイツが引き取りに来る」

「アイアイ、キャプテンまかせて!」

「ほう、こりゃたまげた!喋る熊さんかい、ほうほう」

「…熊が喋ってすいません…」

「はっはっは!こりゃまた図体に似合わず、気の弱い熊じゃのう」



豪快に笑うお爺さんは、すっかりベポを気に入った様子で。代金を支払い工房を後にする私たちを、店先まで見送りに出てくれた。



「ほらナマエ、ボサッと突っ立ってねェで行くぞ?」

「……っ」



早く来いと腕を掴むローさんの手の温もりだとか、握る力強さとか…もちろんその呆れたように溜め息を吐く表情だって、いつもと何ら変わらないはずなのに。


でも何故だかすごく、すごく寂しくて。何が、とか、どこが、とか。そんなのは分からない。分からないけど、今この目の前の腕に無性に縋りつきたくなった。



「ロー…さんっ!」

「っ、おい…ナマエ?どうした?」



得体の知れない衝動のまま、刺青が彫られた逞しい腕をギュッと抱き込むように掴めば。目を丸くさせたローさんが、私の顔を覗き込む。



「ローさん、は…ッ…もう、抱き枕…いらないの?私、一緒に寝ちゃ…ダメなの?」

「…っ、ナマエ」



視線を外さずにじっと見つめながら、初めて吐き出した私の気持ち。灰色の瞳の奥がわずかに揺れると同時――そこに映る私自身も、ひどく頼りなげに揺れた。なんて、情けない顔。





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