やり過ごす衝動と、芽生え




――正直、驚いた。不覚にも見惚れちまった、と言った方が正しいのかもしれねェ。


試着室から出て来たナマエが身を包むのは、俺が選んだワンピース。

つなぎやパーカーとはまた違う、華奢な洋服から覗く細い腕と、裾から伸びる白い脚。


黙ったままの俺を訝しむように小首を傾げたナマエの、開いた首元からは形良い鎖骨が浮き出ていた。


余所行きの格好で真っ直ぐに見上げてくる丸い瞳。その瞳を縁取る長い睫毛だとか、不服そうに尖る色付いた唇は―…いわゆる"女"を連想させるには十分で。


真新しいワンピースを身に纏うナマエ自身を、どうしようもなく汚してやりたくなる。


それは――

ナマエがやって来た晩と同じように、腹の底からせり上がってくる衝動。


女を知らない思春期のガキじゃあるまいし…と鼻で笑ってやろうにも、縫い付けられたように動けない足と、ナマエの姿を捉えて離さない己の目には、苦笑いするしかない。


気休めにしかならないと分かっていながらも、衝動を飲み込むようにゴクリと唾を嚥下しようとした、その時――



「いやぁ〜凄く似合ってますよ!さすが彼氏さんのチョイスですね!」


「あァ?」


「…は?」



能天気な店員が、擦り寄るような笑顔を浮かべて近付いて来た。



「てめェは引っ込んでろ」


「…っひ!す、すいません…っ」



まったく何かと俺をイラつかせる野郎だ、と睨みを利かしてやれば。途端に萎縮して顔を青ざめさせる。

しかしその空気を読まない言葉のお陰で、金縛り状態が解けたのも事実。苛々ついでにバラすのは勘弁してやるか。



「ちょっとローさん!何もそんな言い方しなくても…」


「お前も黙って先に外出てろ」


「へ?でも、この服…」


「それは買ってやる。――おい、こんだけありゃ足りるだろ」


「…!!あ、あああありがとうございましたっ!」



財布から適当に取り出したベリーを店員に押し付け、店のソファで退屈そうにしていたベポを呼べば。



「アイアイ、キャプテン!」



何も言わずとも試着室の中に散らばるナマエの洋服を回収して、店を出る俺の後に続くべポ。さすがは優秀な俺のクルーだ。


それに引き換え――…

俺の命令も聞かずにボサッと突っ立ったままのナマエは、厄介な奴だ。コイツといると調子が狂う。



「おい何してる、行くぞ」


「え、わっ…!」



それだと言うのに、この掴んだ手を離せない理由が分からない。




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