まだ名前のない、彼の感情




「こちらのスカートは今うちのお店で一番人気なんですよー」

「へぇ〜可愛い!これだと上は何を合わせたらいいんですかね?」

「そうですね、お客様ならこの明るめのカットソーなんていかがですか?」

「えー!こんな女の子らしいの、私に似合いますかね!?」

「絶対似合いますよ!すごく可愛いと思いますよ」



――あー…気に食わねェ。


さっき声をかけてきた男の店員と、洋服を挟んで楽しげに話すナマエ。


俺が見繕ってやると言ったらあっさり拒否しやがったくせに、煽てられて何嬉しそうに笑ってんだ。

上手いこと言って買わそうとしてるだけだろ、いいカモになりやがって…面白くねェ。


苛立ちを隠しもせず舌を打ちながら、接客を受けているナマエの後ろ姿をじっと睨みつけていれば。



「ローさん!」



視線を送る俺の苛立ちを知ってか知らずか―…振り返ったナマエが満面の笑みを向けてきた。



「チッ…うぜェ」


「ちょ!うざいってひどッ!!何いきなりキレてんですか!?」


「あァ?何だよ、文句あんのか」


「も、文句は無いですけど!あ…もしかして、あの、疲れちゃった?」



途端にしゅんと眉を下げたナマエに、ガラにもなく罪悪感が生まれる。



「別に、そんなんじゃねェ」


「でも…っ」


「いいから。それ、買うんだろ?」


「あ、いや、どうしようか迷ってて…試着してみようかなぁ…って」



普段面白がってからかうと、セクハラだ何だと目を吊り上げて文句を言うくせに…今はどうだ。


いつもの強気さは影を潜め、遠慮がちに上目遣いで俺の様子を窺ってくるナマエ。その姿に――まあ正直、悪い気はしねェ。



「じゃあしろよ、待っててやるから」



らしくねェなと内心自嘲しながらも、発した自分の声は思いの外柔らかだった。



「ありがとう!」



洋服を抱えたまま顔を綻ばすナマエに、むくむくと湧き上がった感情。

得体のしれないソレは、正体が分からぬ不気味さはあるものの…そこまで嫌な気分でもない。


ただし――



「おいナマエ、…このワンピースも着てみろ」



店員が選んだものとはまた別に、俺好みの洋服もひとつ服の山に加えてから、ナマエの体を試着室へと押し込んでやった。




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