わたしの世界、明日はどっちだ また昼食が終わったら片付けを手伝ってくれとコックさんに頼まれて、ひとまずキッチンを後にした。 別にさっきのコックさんの言葉を気にしてるワケじゃないけど、何となく船長室へは行きづらい。物置部屋へ戻ったところで特にすることもないし、とアテはないけど足は甲板へと向かっていた。 「あっおい、ナマエー!」 「…ん?何だシャチかー」 甲板へと続く扉を開け、頬を打つ潮風に思わず目を瞑ると不意に名前を呼ばれる。 「何だとはなんだ!こんにゃろ」 「あーハイハイ。で、どうしたの?」 「いや、ほらコレ。洗うの手伝ってくれよー」 そう言って指差すシャチの足元には、籠にこんもり盛られたつなぎの山。元々白いはずだったソレはすっかり薄汚れている。 「うわ、すごい量だね。いつもこんなに?」 「一昨日まで潜水してたからなー。昨日は誰かが降ってきたお陰で洗濯どころじゃなかったし」 「ほー。つまりお前の所為だから手伝えこのヤローってわけか」 「ご名答!」 ニヤッと笑って見せるシャチにあっかんべーをしてから、水の張られた洗い桶の前にしゃがみ込む。 「なあ、お前がいた世界ってどんな所だったんだよ?」 「え?向こうの?…うーん、まぁ色々物は溢れてて便利だったよ」 「へェーたとえば?」 「そうだなー…この洗濯物もこうやって手で洗わなくても、勝手に洗ってくれる箱型の機械があったりとか」 「マジかっ!すげェな、それ!!」 キラキラと目を輝かせるシャチに向こうの世界の話を聞かせながら、思い浮かべるのは一人で暮らしていたワンルームのアパート。 24時間いつでも友達と繋がる携帯電話、沢山の情報に溢れているテレビやインターネット。 何時でも何処でも、自分以外のヒトの存在はすぐ近くに感じられた。 けれど今思えばどれもが近くにあると錯覚していただけで、実際に手にしていたモノなんて何にもなかったんじゃないかな、って思う。 「でも何でも機械がやってくれるのは便利だけど…なんかそういうのが寂しかったりもするんだよねぇー…って、シャチに言っても仕方ないか!」 あはは、と笑ってみせれば何とも難しげな顔をしたシャチが唇を尖らせながら、んー…なんて唸っている。何だそのアヒル口。可愛いな、ちくしょう。 「ナマエはもしあっちに戻る方法が分かったら、帰りたいのか?」 「……どうだろね。今の所帰り方なんて分かんないし…でも、私がこっちの世界に居るべき人間じゃないのは確かだから」 「…ふーん。まァどっちでもいいけど、さっきの顔は帰りてェヤツの表情じゃなかったぜ?」 似合わぬ真顔で問いかけてくるシャチに何だか居心地の悪さを感じてしまう。サングラス越しの真っ直ぐな瞳に、私はどんな風に映ってるんだろう。 「……やけに突っかかってくるじゃん、シャチのくせにー」 だからわざとそう言ってまた舌を出してやる。さっきよりもっとマヌケな顔になるように。 「っ!お前なァ〜!失敬なヤツめ!」 「ぎゃッ冷たっ!何すんのーバカシャチ!」 そのノリに乗っかってきてくれるシャチがすごく有り難くて。 バシャバシャと洗濯桶の水を掛け合いながら、モヤッとする気持ちに蓋をした。 |