誰も知らない、特別扱い




数時間前までの大宴会を終え、騒がしかった船内もすっかり眠りに就いた深夜丑三つ時。船長室のソファの上で医学書を読み耽るローの耳に微かに届いた、不気味な音。



――ドサッ…ズルズル…



「……何の音だ…?」



何かを引き摺るような、得体の知れない薄気味悪いソレ。

その発信源は意外と近いようで…



「…物置…いや、ナマエの部屋からか…?」



読みかけの分厚い本をテーブルに置いて、向かう先はもちろん隣りの小部屋。



「…おい、入るぞ」



何度かノックを繰り返すが返答のない部屋の扉を開け、視界に飛び込んできたのは…


――ドサッ…ズルズル…


薄いキャミソールにパンツ1枚という、扇情的というよりはどちらかというと間抜けな格好で床を匍匐前進するナマエの姿だった。



「…ハァ……音の正体はお前かよ」



物置を整理して急遽設えたそこにはもちろんベッドなんていう快適なものはなく、簡易用のハンモックを寝床として使わせることにしたのだが。

よっぽど寝相が悪いのか、はたまた逆に器用なのか…
目を瞑ったまま床を這うナマエはうまい具合にハンモックに身体を預けるものの、またすぐに転がり落ちて床を這う…という動作を繰り返していた。



「…おい、何でここまで動き回って眠り続けられんだ」



またまたハンモックから転げ落ちそうになっているナマエの剥き出しの二の腕を掴み上げながら、揶揄するも一向に目を覚ます気配はない。


まったくその眠りの深さを少しは分けて貰いたいもんだ、などと呆れ果てながらも不意に掴んだ腕の柔らかさに意識を持っていかれた。


開け放った扉から差し込む廊下の明かりに照らされ、ぼんやりと浮かび上がる白い肌。決して太いわけではないのだが、弾力のあるもちっとした柔肌は女特有のもの。

そう言えばもう随分島に停泊してねェな、…そんなことを考えていると。



「……んぅー…ベ、ポ……もふ、もふ…」


「……」



すやすやと赤ん坊のように邪気のない寝顔を晒すナマエを見ていると、このまま放っておくわけにもいかず。だらんと力の抜けた身体を抱き上げると、そのまま部屋を出て自室へと向かった。



「ったく…世話かけさせやがって」



別に俺がそこまでしてやる必要も道理も無いのだが、このまま床に放置したところで下手くそな匍匐前進に安眠を妨害されることは間違いないし、ベポを助けた新入りクルーを労わる意味を込めて……ただ、それだけだ。




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