ほんのまばたきの瞬間でした




小石だらけの砂利道を自転車で駆け抜け、潜水艦が停泊する入り江近くまでやって来た時、またしても運悪く巡回中の海兵と出くわしてしまった。


―…どうしよう、もう一回あの煙幕玉を使う…!?


冷や汗をかきながら思案していると、二人組の海兵が距離を縮めながら声を掛けてくる。



「おい君、どこへ行くんだ!?今この辺りは海賊が潜んでて危険なんだ、一般市民はすぐ離れなさい!」


「…!」



もしかして私、ただの通りすがりだと思われてる…!?これなら上手く逃げ切れるかも!


張り詰めた緊張が緩みかけた瞬間、もう一人の海兵が口を開いた。



「いや待てよ、さっきの通信じゃ自転車で逃走中の女もいるって話じゃ……」


「自転車の女…」



二人の海兵が揃ってこちらを凝視してくる。


…あれ?なんかこの流れ、マズくない?

つぅと一筋の冷たい汗が頬を流れ落ちた、その瞬間――…






「ナマエっ!!」


「っ!ローさんっ!!」



「トラファルガー!!!」


「やっぱりこの女も仲間だ!!」




海兵達の叫び声で、弾かれたように自転車を反転させローさんの元へ走り出す。



「…ぅえっ…やっと、来で…ぐれだぁ!…ろぉさぁーん!!」


「泣くな、バカ。バラバラになりたくなかったら、さっさとこっから離れてろ」


「ひっく…ぅん…わか、った」



いつもの不敵な笑みを浮かべたローさんが、私を庇うようにして海兵達に向き直った。



「ROOM…」



現れた青白いサークルに気付いて、ローさんの能力が及ばない場所まで離れようとペダルを漕ぎ出す。


入り江へ下りる切り立った斜面を、滑るようにスピードを増して走る自転車。

ガタガタと小石にハンドルを取られつつも、加速は止まらない。――と、その時だった。



「きゃぁあぁああっ!?」



転がる石にハンドルを取られた自転車が、加速するスピードそのままにナマエの身体ごと前へとつんのめる。



「っ!……ナマエ!?」



バラした海兵の手足が好き勝手にサークルの中を舞う中――ナマエの悲鳴に驚いたローが後ろを振り返れば。


視界に入ってきたのは、遠心力でナマエの身体が浮き上がる程に勢いづいた自転車。

そして信じられないことに、僅かに地面についた自転車の前輪が渦のように大きく歪む空間に飲み込まれていく光景だった。




「…っいやぁああぁ!ロー…さっ…」



「ナマエっっ!!!!」




慌てて走り寄ったローが、ナマエへと腕を伸ばした瞬間―…

雷のような閃光が走ると同時、自転車をすっぽり包み込むように大きく渦が広がった。



「………ナマエ…?」



チカチカと眩む視界によろめきながら、地面に膝をついたローの目の前には―…何も無い砂利道。


自転車も、ナマエも、空間に浮かんだ不思議な渦さえも…


すべて跡形もなく、消えた。


そんなもの、最初から何も無かったかのように。




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