大変だ、白熊に嫌われました




『お前の部屋を用意してやる』



えーっと…そ、それって……



「私、この船に居て…いいの…?」


「まァ、俺の言うことに従うんなら居候させてやってもいい…ってことだ」


「ほ、ほんとにっ!?」


「それにここは海の上だ。他に行くアテがあるってんなら、俺は別にこのまま海に飛び込んでくれても構わねェがな」


「え、やだっ…ここに居る!居ます!」



嫌味な笑顔を向けるこの男の言葉に、カッチーンとくる気持ちが無いワケじゃない。

けど本当にここで海に放り出されでもしたら、それこそ一巻の終わりだ。イラッとくる気持ちを必死で抑えて高らかに声を上げれば―…



「なんだ、文句ありそうなツラしてんな」



バ レ バ レ だ っ た !!

何で!?と内心驚きながらも、向けられる鋭い睨みからわざとらしく目を逸らす。



「…滅相もゴザイマセン、トラファルガー様」


「あァ?気味の悪ィ呼び方すんじゃねェ」


「え、じゃあ…何て呼べば…」



船長?キャプテン?お頭??…でも私、居候ってことは船員ってわけじゃないんだよね…?えーっと……



「………ロー様?…はっ!まさか、ご主人様…とか?」


「……"様"から離れろ、馬鹿」



まさか死の外科医にそんな性癖があったとは…と驚いていると、ゴチン!と凄い音を立てて頭に拳骨が降ってきた。…この人、まじで容赦ないんだけど。



「いっだぁああ……もー…じゃあ、ローさんでいいですか?」


「…チッ…好きにしろ」



ええー!何だよ、何で文句ありげなの!?ていうか他に妥当な呼び名、もう無いよね!?何なのこの人、文句つけたいだけか…!


心の中でブツクサ文句を言っていると、またまた心の声がだだ漏れだったのか…こちらを睨みながらローさんが指示を出す。



「…ペンギン、隣の物置を整理して使えるようにしてやれ。シャチは日用品の手配だ」


「分かりました」


「了解っす!」



えっ!「ペンギン」と「シャチ」って、それどんな人名!?ウケるんですけど。しかも海のシャチってペンギン捕食しちゃうよね…と一人ニヤニヤしていると、ずっと黙りこくっていたベポが声を上げた。



「…ぉれ……おれっ!反対だ、この子を船に乗せるの!」


「…あァ?何言ってんだベポ」


「えっ、ちょ…」



なんとさっきまで一言も喋らなかったベポが、まさかの反対宣言。

思わぬところからの反対意見に、さすがの死の外科医さんも一瞬目を見開いた。



「こんなどこの馬の骨か分かんないヤツをキャプテンの側に居させていいのかな…」


「んなっ…!」



ど、どこの馬の骨って…!ま、まぁ確かにそうなんだけど…
何だろう、いくら二足歩行の喋る白熊だとしても…熊にそう言われちゃう自分が何だか悲しくなった。


…なんか、色んな意味でちょっとショックだ。


ふわふわのぬいぐるみみたいなベポは、もっとこう無邪気なキャラのはずで…なんて、勝手に自分の中でイメージを決めつけちゃってたみたい。


妄想と現実は違うって分かってたハズなのに、な。

それに何だか自分自身を全否定されたみたいで、ガラにもなくちょっと凹む。

何も言えず視線を泳がせていると、ペンギンがおもむろに口を開いた。



「気持ちは分かるが、そこは俺達が気をつければいいだろう」



…なんか全然信用されてないな、私。



「そうそう。第一コイツに船長を襲えるような力はなさそうだけどな」



シャチ…あんたって奴は予想通り失敬だな!逆に安心したわ、こんちくしょう。


けれど二人の言葉に尚も不満そうな白熊は、私を睨んでくる。


あ…なんかベポに嫌われるのって精神的ダメージが大きい、かも。


でも私もここを追い出されちゃうと路頭に迷って死んじゃう。

居たたまれず、俯いてベポの視線から逃れていると。



「ベポ…お前の気持ちは分かったが、これは俺が決めたことだ。文句は言わせねェ」



静かに、けれど威厳のある声で、死の外科医さんがそう告げた。

思わず顔を上げると、ベポが愛らしい真ん丸の瞳を歪ませて歯を噛み締めている。



「っ…アイアイ、キャプテン…」



最後に悲しそうに瞳を揺らすと小さな声で返事をして、部屋を飛び出して行った。


なんか…ものっすごい罪悪感。




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