今はただ、それだけでいい




まさかこんな所で同業者――それも俺と同じ北の海出身のルーキーに会うとは…。

しかも、ナマエの奴はどうもバジル屋に興味を持ったらしい。


俺だって本気でひと騒動起こそうなんざ、欠片も思っちゃいなかったが―…

正直、バジル屋に釘付けになっているナマエの視線が、面白くねェと感じたのも事実だった。




***





「実に興味深い占い結果だった。娘、機会があればまた会おう」



それだけ言い残して、並べていたカードを仕舞うと街へ消えて行ったバジル屋とその仲間たち。

去って行く後ろ姿を見送りながら、隣に立つナマエがぽつりと呟く。



「ねぇローさん、在るべき場所への回帰って……」


「ああ、お前が…元の世界へ戻ることかもしれねェな」


「そういうこと…だよね、やっぱり…」



少しだけ眉を寄せながら小さく頷くナマエは、今何を考えているのだろうか。

それ以上言葉を交わすことはなく、止めてあった自転車まで戻るナマエの横を俺もゆっくりと歩く。


聞こえるのは―…寄せては返す波の音と、砂浜を踏みしめ歩く二人の足音だけ…、





――…ぐぅぅうぅ〜…きゅるる……





「……おい」


「………ごめん、」



横たわる沈黙をぶち壊すように鳴り響いたのは――ナマエの腹の虫。



「お前、さっき朝メシ食ったばっかだろうが」


「…ぅ…だからごめん、って言ってんじゃん…!」


「うるせー騒ぐな。…別に悪ィなんて言ってねェだろ」



何だか急に馬鹿らしくなって、ため息と一緒に持っていた刀をナマエに押し付けると、自転車のハンドルを握った。



「…え、なに、どうしたの?ローさん」


「行くぞ」


「行く…って、」


「食後のコーヒー、今朝は誰かのせいで飲み損ねたからな」



サドルを跨ぎながら顎で荷台を指せば、嬉しそうに顔を緩ませたナマエが俺の背中にしがみついてきた。


(…そうやって、お前は俺の横で笑ってりゃいいんだよ)




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