名付けるなら、愛しいという感情




"女の人は抱いていない、一人でお酒を飲んで来ただけ"

そう言って抱きしめてきたローさんの身体からは確かに、微かなアルコールと潮の匂いしかしなかった。


それから――ほんの少しだけ早い、心音。


トクントクンと一定のリズムで刻まれるそれは、私のからだの中のリズムとも呼応していて。

それが何だか照れくさくて、でも少し嬉しくて。熱の集まる緩んだ頬を誤魔化すように、ぐりぐりと額を擦り付けた。



「……お酒くさい…」


「あァ?」



すうっと吸い込んだ香りで肺が満たされれば、ふうと吐き出した吐息は―…何だか幸せ色をしていたような気がする。





「―…でも、キライじゃないけど」



背中に回された大きな手に甘え、私もそのままローさんの背に腕を回してぎゅっと抱きついた。


久しぶりに…と言っても、たかだか十数時間ぶりのはずなのに。私の中を満たしていくその匂いと体温に、ひどく安心した自分に気付く。


考えてみればセクハラ混じりに戯れで抱きしめられることはあっても、自分から抱きつくことなんて初めてで。


これって実はすごく大胆なことをしてるんじゃ…と、ハッと気付いて身体を引き離そうとしたのだけれど――



「暴れんな、しばらくこうしてろ」



頭上から降ってきた予想外に柔らかい声に、離れかけた身体が魔法にかかったようにピタリと固まった。



――…そんな声、ずるい。


いつもみたいにニヤニヤと厭らしく笑ってくれるなら、突き放すのは簡単なのに。


そっと背中を撫でる手のひらが、鼻先をくすぐる香りが、頬に伝わる微かな鼓動が、


――…何よりも、私の心を離れがたくさせた。



「…ロー、さん」


「なんだ」


「人の体温って、こんなにもあったかいんだね」



こんなにも満たされる気持ち、今まで知らなかった。

こっちの世界へやって来て、ローさんと出会って―…はじめて知ったの。



「…そうだな。じゃあ、このまま寝直すか」


「ふふっ…何でそうなるの。…でも、今日だけは……賛成」


「よし、決まりだ」



ニヤリと笑って抱きしめた腕はそのままに、私を道連れにしたローさんがうねるシーツの波間へと身体を沈めていった。




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