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03 : SF



 お風呂から上がって、さっきの和室に荷物を置きに行くと、すでに鯉登くんがそこにいた。



「随分長風呂だったな、飛鳥」

「そう?」

「こら、音之進」



 すぐ後ろで鯉登くんの母親の声が聞こえた。



「またそんなデリカシーのない。じゃっでアンタはもてんのよ。せっかく、いい顔に産んだったのに…」

「じゃっで……」

「そうそう、游李さん。お寿司食べれる?今晩は他にもお客さんが来るから、お寿司とろう思うねんけど」

「は、はい、大丈夫です。お寿司大好きです」

「あらそう。よかったよかった」



 鯉登くんの母親が部屋を後にしたのを見計らって、私は鯉登くんに尋ねた。



「他にお客って、親戚とか?」

「似たようなものだ。おやっどの仕事仲間で、昔からよく家族で会っている」

「ふうん。……鯉登くんのお父さんって何してる人なの?」

「海上自衛隊だ」

「カイジョージエイタイ……」

「おいも詳しくは知らん」



 鯉登くんは吐き捨てるようにそう言うと、これ以上この話を続ける気はないというように黙り込んでしまった。

 父親と仲が悪いんだろうか。
 そういう風には見えなかったけど。



「それはそうと、飛鳥」

「なに」

「お前、さっきから緊張しておるな」



 図星だった。心臓がビクッと飛び上がる。



「え?いや、ううん。なんで?」

「嘘をつくな、おいにもそれくらい分かるぞ。ないをそげん緊張しちょっど?」

「だって、親って馴れないんだもん…」

「普通にしちょったらよかとに」

「うーん………」



 いつの間にか正座になっていた足を崩すと、むき出しだったふくらはぎに畳の跡がついていた。

 

「音くん…」



 背後から、突然女の子の声がした。

 振り向くと、半身だけ襖の向こうに出してこちらを覗いてきている女の子がいる。



「エノノカか。どうした?」

「あのね、花沢さんが来たって、ユキさんが…」

「すぐ行くッ!少し待ってろ!」



 鯉登くんは全身のバネを活かして素早く立ち上がり、声をかける暇もなく廊下へと飛び出していった。

 向こう、おそらく玄関の方から甲高い女性の笑い声と数人の話し声が聞こえる。

 花沢って人が、さっき鯉登くんが行ってた親戚みたいな知り合いの事なのだろうか。

 そう考えていると、さっきの女の子がじっと私の事を見つめている事に気づいた。



「はじめまして」

「はじめまして、お名前は?」

「わたし、エノノカ」

「エノノカ?」



 エノノカ? 江野乃家。

 さっきの庭師の人のお孫さんなんだろうか。


「おじいちゃんの仕事見に来たの?」

「ううん、わたしここに住んでる」

「ふうん……」



 この家に2人で住み込みで働いてるって事なのだろうか。

 それにしても、エノノカって苗字じゃないの?



「……私の名前は飛鳥游李っていうの。よろしくね」

「うん、知ってる。音くんのおともだち…」



 恥ずかしそうにしながら部屋に入り、距離を縮めてくる。

 か、かわいい…。素直にそう思った。



「ね、游李さん。あやとりできる?」

「うん、できるよ」



 エノノカちゃんはポケットから紐を取り出すと指にかけ「はい」と言って差し出してきた。



「…………ああ!」



 紐渡しか。随分長い事やっていないけど、できるだろうか。

 子供の頃何度もそうしたように、エノノカの指から紐をひっかけて取り、また渡しては取るを繰り返した。

 2回ほど繰り返した頃、エノノカちゃんが私に尋ねた。



「ねえ、游李さんは何ができる?」

「うーん……、六芒星だったら作れるよ」

「なにそれ」

「え?知らない?」

「しらない。見せてほしいな」



 エノノカちゃんに紐を渡され、私はぼやけかけていた記憶を思い出すように指を動かした。

 うろ覚えだったから大丈夫かなとは思っていたけど、指は覚えているらしい。



「…………はい、できた」

「…すごい!ねえ、ちょうだい!」

「気をつけてね」



 崩れないように注意しながらエノノカちゃんの指に紐を渡すと、彼女は嬉しそうに笑った。



「ありがとう!」



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