授業開始10分前を告げる予礼が鳴り、隣の保健室で眠っているはずの飛鳥の元へ向かった。
「おい、飛鳥起きちょるか」
ベッドの上に突っ伏して眠る飛鳥は身動ぎもせず、じっと眠っている。
「起きろ、飛鳥。体育は教室に変更なっちょったぞ」
「うう…。なんで…」
「何か言ったか?」
「なんで…がっこう……」
「はあ?」
飛鳥はそれだけつぶやくと、またうんうん唸り始めた。
「飛鳥、お前まさか本当は起きてるのか?」
ベッドの脇にしゃがみこみ、顔を覗き込むと、飛鳥は目を閉じてぐっすりと眠っていた。
(眉間にしわがよっちょる…)
しわを伸ばすように親指を押し当てると、間抜けな声で「やめてぇ…うう…」と呻く。
一体どんな夢を見てるんだ。
あまりの間抜けぶりに、つい顔が緩む。
『ロビーで彼女に会いましたよ。なかなか可愛らしい子でしたね』
ふと、脳裏に月島の言葉が浮かんだ。
こんな間抜け顔を見ても、月島は同じ事を言うのだろうか。
自分の顔を誉めそやす連中は今までに多くいた。
が、人の顔の良し悪しなど、今まで考えた事もない。
「ふむ…」
こうして見ると、飛鳥は自分とは違う。
当たり前だが、肌は自分よりはるかに白いし、睫毛も長い。
布団の中から覗く手足には節くれ立った部分はひとつもなく、折れるのではないかと不安になるほどに細い。
時々忘れそうになるが、飛鳥は自分とは違う。
紛れもなく、女子だ。
(唇も小さいのだな…)
そこに手を伸ばそうとした瞬間、飛鳥は小さく身じろぎをした。
「………!!!」
絶叫しそうになったのをなんとか堪え、慌てて手を引っ込めた。
(…ないを考えちょっどおいは!?)
第一、人の寝顔をまじまじと見つめるものではない。
まるで変態のそれのようではないか。
しかし、その罪悪感に反して、もっと飛鳥の顔を眺めていたいとそう思った。
(なんだ…この気持ちは…?)
「おい、飛鳥。いい加減に起きろ…」