休日のショッピングセンターで、柱にもたれかかって呆然としている子供。
その少女の面影に、どこか見覚えを感じて杉元は足を止めた。
「どうした? 杉元」
「…明日子さん。あの子知ってる?」
明日子は少女の横顔をみて、首を振った。
「いいや。私は知らない」
てっきり、明日子と同じ学校の子だと思っていた杉元は「どっかで見た事あんだけどな…」と首をひねった。
「……杉元。もしかして、あの子は迷子じゃないのか?」
そう言って、明日子は少女の元に近づくと優しく肩を叩いた。
一種の淡い期待を顔に浮かべて少女は振り返る、がすぐに自分を呼び止めたのは知らない人間だと気がつき、顔が不安で微妙にひきつる。
明日子より一回り年下、小学校低学年くらいだろうか。
自分が言ったら怖がらせるかもしれないと思い、杉元は遠くから明日子の言動を見守っていた。
「こんにちわ」
「こんにちわ…」
「1人か?親はどうした?」
目線を少女と同じくらいにして、優しく話しかける明日子に警戒心を解いたのか、少女は先よりも饒舌な口調で話し始めた。
「パパがね、トイレこんでるから出たところで待っとけって言っててね。でてきてもパパいないから、さがしてた」
「ああ、あそこのトイレか」
「どうだい、明日子さん」
気になった杉元が明日子の隣に近寄る。少女は目を点にして、じっと杉元の顔を見つめていた。
「言い忘れてたな。私の名前は明日子。そしてこっちが杉元だ」
「……………」
「顔に傷があるが、怖い奴じゃないぞ。杉元はとってもいい奴だ」
「よろしく、お嬢ちゃん」
杉元は人好きしそうな笑顔を浮かべ、少女の前にしゃがみこんだ。
「あそこのトイレで逸れたらしい。あそこは駐車場と内側の出口が2つあるから」
「反対側の方に親がいるかもしれないな。見にいくか」
2人の顔をじっと見つめる少女に、明日子は優しく諭すような声で言った。
「大丈夫だ。必ず親を見つけてやるからな」
「うん」
反対側と指した出口の方へ向かう間、少女は杉元の顔を興味津々という様子で見つめていた。
「ねえねえ、おにいちゃんはどうして顔におきずがあるの?」
「これはね、お嬢ちゃんくらいの時にバイクにはねられてできたんだよ」
「あのね、わたしのパパも顔におきずあるんだよ」
「そうなのか」
「パパはね、いっつもウソつくの。ニンジャにきられたとか、サンタにソリでひかれたとか。あのね、ニンジャはいないんだよ」
「へえ、よく知ってるな」
顔に傷のある男…。
少女の面影に感じる、そこはかとない…。
「お嬢ちゃん…。君の名前はなんていうんだい?」
少女は満面の笑みを浮かべ、元気よく答える。
「尾形、陽菜です!」
それから、数分としない間にエスカレーターをかけ登って、少女の保護者が杉元たちの待つフードコートに現れた。
「パパ!」
「陽菜」
「おう。来たかよ」
尾形は杉元を無視して、ソファー席に座る自分の娘の隣に腰掛けた。
「よう、明日子」
「尾形。テメエ、シカトしてんじゃねえよ」
「パパ!サイチくんにね、クレープ買ってもらった!」
「そうか」
「パパにもあげるね」
子供特有の不器用な手つきで、陽菜は尾形の口にクレープを運ぶ。
口の周りからヒゲまで生クリームだらけにされ、喉が詰まったような声を出しながら、なんとか尾形はクレープの一部部にかぶりついた。
「気をつけろよな、尾形。陽菜ちゃん迷子にしてんじゃねえよ」
「明日子。お前が飲んでるのなんだ」
「聞けよ!」
「タピオカジャスミンティーだ。うまいぞ!尾形も少し飲むか?」
「いらない」
クリームだらけの口をぬぐいながら、尾形は自分の膝に足を乗せたがる陽菜を持ち上げて、自分の膝の上に置いた。
「おい、ゴムはどうした。髪にクリームついてるぞ」
「とれた」
尾形は何も言うでもなく、髪についたクリームを拭き取り小さな髪束を器用に束ね始めた。
「それにしても、尾形に子供がいたなんて知らなかった。杉元は知っていたんだろ?」
「……知ってたけど、冗談だと思ってて」
「尾形、どうして私には黙っていたんだ?」
「話す機会がなかっただけだろ。…コラ、動くな陽菜」
クレープも食べ終えた子供がじっとしていられるはずもなく、尾形の膝の上でもぞもぞと動く。
「いたい!パパへたくそ!」
「尾形、私がかわろう」
「おいで」と明日子が膝を叩く。陽菜は不服そうな尾形の膝から飛び降りると、もうすっかり懐いた明日子の膝の上へ座った。
「アスコさん、あみこみできる?」
「ああ、できるぞ。してあげようか」
「パパがあみこみするとね、いっつもキツイからイタイ」
「してやるからじっとしてるんだぞ。あまり動くな」
その光景を目を細めながら杉元は眺め、そして尾形に尋ねた。
「尾形、お前が髪結んだりしてるのか?」
「他に誰がするんだよ」
「でも、へたくそ。イタイもん」
「へえー。尾形って意外と不器用なんだな」
「黙ってろ」
「もうすぐできるから、頭動かすな。………よし、できたぞ」
「ありがとう!」
「編み込みカチューシャだ。かわいいかわいい!」
「…陽菜」
「アスコさん。パパよりうまい」
「……陽菜」
「明日子さん、手先器用なんだね」
「ふふん、運動会の時はいつも私がみんなの髪を結っている」
「陽菜、戻ってこい」
「アスコさんは、かみのけむすばないのに?」
「ああ、朝は忙しいからな」
「陽菜、パパの隣に来い」
不機嫌な猫が尻尾を床に叩きつけるように、尾形がソファーの上をぽんぽんと叩く。それを見た、杉元がにやにやと笑いながら、尾形を見やった。
「…チッ、あんだよ」
「尾形ぁ、陽菜ちゃん取られてヤキモチやいてるんだろー」
「いや、そんな事はない」
「嘘つくんじゃねえよ」
「陽菜が一番好きなのは俺だからな」
尾形は娘を再び膝の上に座らせると「俺が一番だよな?」と顔を覗き込みながら尋ねた。
「パパがいっちばん、すきぃ!」
「俺も好きぃ」
首にしがみつく、陽菜を見せびらかしながら、尾形は目に余るドヤ顔で杉元を一睨した。
これには、杉元も何も言えなくなり、ただ静かに笑いながら「仲よしだね…」と呟くばかりだった。
尾形には溺愛する娘がいると、職場で噂になるのは、その休日が開けてから間もなくの事だった。
1 / 6
- / →
back
book mark