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中2/2



 私はソファーの上に腰掛け、膝の上に尾形を乗せて、ずっと気になっていた事を尋ねた。

 尾形を印象付けた、あの事件の事だ。



「…ああ、あれか」



 私の膝の上に置いた手を、思い出すような素ぶりで動かす。



「くすぐったい」



 膝を動かす私の姿を、尾形はにやにや笑いながら見つめていた。



「アイツをぶん殴る機会を狙っていた。それだけだ」

「植木鉢落とすなんて、シャレになんないのにね」

「ガキだからな」



 足に当たる尾形の髪の感触が柔らかい。

 まるで猫の毛みたいだ。

 指の間で尾形の髪を弄びながら「そういえば」と呟く。



「尾形と私って、クラス一緒になった事あったっけ?」

「俺は学校に行っていない」

「え、そうだっけ?」

「俺には戸籍がない。義務教育は受けてねえ」

「……あれ?じゃあどうして私は尾形の名前知ってたの?」

「あ?手紙を渡したからだろ」

「手紙?そんなの貰ったっけ?」

「…………………あ」



 尾形はそう言ったきり、黙ってしまった。

 しまった、と表情に出ている。



「ねえ、手紙って何?」

「なんの話だ?」

「さっき言ったじゃん」

「知らんな」

「ごまかさないでよ」

「知らん」

「もう、教えてよ」



 聞く耳持ちませんという表情で、尾形は黙り込んでしまった。

 はあ、とため息をつき。手のひらで尾形の髪の毛を撫でる。
 ワックスの取れた髪がさら、と指の間を伝って揺れた。



「紬」

「なに?」

「…鶴見とはもう関わるな」

「………………無理だよ。仕事頼まれてる」

「…!?受けたのか?」

「1回30万。それが条件だって」

「馬鹿ッ!お前…!」



 起き上がった瞬間、開いた傷口が痛んだのか、尾形はすぐに顔をしかめて再びソファーの上に身を倒した。



「また血が出るよ。せっかく止血したのに」



 尾形は膝の上で首を回すと、怖い顔で私を睨みつけた。


「……………………正気か?」

「仕方ないじゃん。それしか方法がなかったし、断れる雰囲気じゃなかったんだもん」

「だもんもクソもあるか、自分が何やってるのか………」



 私は尾形の口を手のひらで塞いだ。



「いいから。明日の事は明日の私に任せよう」

「………………」



 尾形はまだ何か言いたそうにしている。



「今日の私は、このままここで尾形と寝る。明日の尾形は、私と一緒に朝ごはん食べる。オッケー?」



 無責任な言葉の答えは、私が消した電灯の音で遮った。

 かけ布団もかけず、私はソファーで眠る尾形の隣に寝転がった。


 真っ暗な闇の中、動く気配は呼吸を吐き出し続ける、私と尾形の肺。

 そして、尾形の胸の鼓動だけだ。


 私は尾形の胸元に手を当てながら、その鼓動がやけに心地いいと感じている事に気が付いた。


 暗闇に馴れていない視界の中で、尾形がわずかに私の前髪をなで付ける気配がした。

 唇に触れて、そして一瞬戸惑い、額に柔らかい感触がした。


 微かに部屋に響くリップ音。



「おやすみ…尾形……………」

「…おやすみ」



 目を剥く男の顔、険しい表情の男、尾形を殴る男。

 私を殴る男、私を虐げる男、私を抱く男、私を蔑ろにする女、私を産んだ女…。


 様々な人間の顔が頭の中で交差する。が、どれも私にとってあの人は生きているという実感がない。

 唯一、私を抱き寄せる尾形の掌の温度と、鼓動の感覚だけが、この男は生きていると実感させた。


 将来への不安や、尾形の不安げな表情が脳裏を過ぎる。


 ただ、その不安も今は体温に溶かされて。私の意識は重みのない夢という意識の中へ、ゆっくりと
落ちていくのだった。

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