ピンポーン、とチャイムを鳴らす。防音性に優れたこのマンションは、中の住人が居留守を決め込んでいるのか、それとも本当に留守なのかを解らなくさせる。もっとも、だからこそ此処に住んでいるわけだが。そしてキングの場合、どちらかと言えば前者だろう。
 ――彼は引き籠もりだ、名前と同じく。多分ゲームしてる。
「キング氏ー、名前だよー」
 そう言いながらドアを三度叩けば、やがて中の住人が顔を出した。
 現れたのは、金髪をオールバックにした男。しかもその顔には痛々しい三筋の傷跡が残っており、がたいの良さもあって、見る者全てを怯えさせた。一見すれば超弩級のヤンキーだ。しかし、今目の前に立つ女、名前には彼の強面はまったく通じない。
 険しい表情で自分を見下げる男に、名前はにへらと笑みを浮かべる。
「おはようキング氏。お昼食べた?」
「いやまだだけど?」
「一緒に食べない? 素麺茹で過ぎた」
「ちょっと待ってて」
 S級ランカーで地上最強と謳われるキングと、単なる一般人である名前は、友達であり、隣人であり、ゲーマー仲間であり――親友だった。


「名前氏こないだから素麺ばっかじゃない?」
「固いこと言わんでよ。美味しいでしょ」
「美味しいけども」
 二人でつるつると音を立てながら、素麺を食べる。黙々と食べ続ける二人の額に汗が浮かんでいるのは、この部屋のエアコンが役割を放棄しているからだろう。ゲームには惜しまず金を使うくせに、妙なところで名前は貧乏臭かった。この夏の間、殆どエアコンを作動させていない。
 扇風機のみで過ごすには蒸し暑過ぎたが、よく冷えた素麺を啜っていると、さほど暑さを感じなかった。
「やっぱ薬味欲しいなー」
 食べ物にあまり頓着しない性質の名前だったが、さすがに何日も素麺とつゆだけで食い繋いでいるのは飽きてくる。
「買うかな、元から切ってあるやつ」と、半ば問い掛けながら口にした。彼とこうして食卓を囲んでいるのは初めてではなく、同時に素麺を啜るのも一度や二度ではない。彼が望むなら薬味の購入も無駄にはならないだろう。しかしながらキングは名前の問いには答えなかった。
「そういえば名前氏、この間の怪我はどうなったの? もう包帯してないみたいだけど」
「――ああ、あれ。もう治った治った。キングのおかげ。ありがとう」
「それなら良いんだけど……ほんとビビったからねあれは」
 そしてまた、二人でずずずと素麺を啜る。

「私もうあれだわ。麺類だけで生きてくわ」
「名前氏は茹でるのだけは上手いからな……」
 夏は素麺に限るよねと笑えば、名前氏は年中そうだろうと突っ込まれた。鋭い。

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