基礎学にて

 さわさわとざわめきが広がったのは、説明された内容が、奇しくも一度目のヒーロー基礎学と寸分違わぬものだったからだ。そんな生徒らを見て、オールマイトがにっと笑う。「そう、あの時は“自分の基礎を知る”為の訓練だった! だが今回は、自分の“個性”も、クラスメイトの“個性”も解り切ってる! 自分が雄英に来てからどれだけ伸びたかが解るんだ、わくわくするだろう?」

 いつぞやと同じ、アルファベットの書かれたボールを手に、組の相手を探す。仲良しの小大や、角取と一緒だったら嬉しいなあと思いながら歩く名前だったが、「げっ」という声に顔を上げる。
「名字さんと一緒か……」
「失礼過ぎない?」
 名前と同じDの書かれたボールを手にしていたのは物間寧人で、彼の顔には不安という文字がありありと書かれていた。まったくもって失礼ではなかろうか。しかしながら名前は気にしない。がんばろーねとガッツポーズを作ってみせれば、物間はかなり渋い顔をした。


 二人一組でヒーロー組と敵組に分かれ、核兵器を奪い合う――ヒーロー組となった名前達Dコンビは、足音を立てないよう神経を張り詰めながらビル内を探索していた。
 名前の“個性”は暗示といい、声を通して相手に暗示を掛けることができた。寒いのに暑いと言わせたり、おなかが空いていないのに胃袋が破れるまで食事を続けさせたりすることができる。しかしながら声が聞こえていなければ効果がないし、暗示の掛かりやすさは対象者の意志の強さに比例する。鉄哲のような単純な思考回路の持ち主であれば効きやすいが、泡瀬や拳藤のように普段から考えて行動する者にはあまり効果が発揮されないのだ。今回の対戦相手は塩崎と骨抜――元から初見殺し的な“個性”なこともあり、物間が「詰んだな」とぼやいたのも頷ける。
 一方の物間の“個性”はコピーと呼ばれ、触れた相手の“個性”を五分間自在に使うことが出来るかなりの強個性だ。相手がクラスメイトということで、コピーした能力もある程度扱えるはずだ。しかしながら、異形型“個性”はコピーできないし、そもそも触らないといけないという性質がネック過ぎた。名前達が勝つには物間が骨抜の“個性”をコピーするしかないわけだが、塩崎達だってそれは重々承知の筈だ。
 近寄らせて貰えないんだろうなあと考えながら、暗い顔をしている物間に手を差し出す。どうやら上階で待ち構えているのか、現時点で塩崎達Fコンビの姿はちらりとも見えなかった。「まー何とかなるよ。頑張ろ」
「名字さんて、ほんっと能天気だよねえ……」
「よく言われるー」
 力なく合わせられた手を、名前はぎゅっと握った。

 ひょっこりと顔を覗かせれば、そんな名前に気付いたのだろう塩崎は瞬く間に髪を伸ばしてきた。彼女のツルをかわしつつ、名前はフロアの中を探る。塩崎の背後には、ひっそりと骨抜が控えていた。彼らの後ろにはハリボテの核がある。おそらく骨抜が物間にコピーされないよう塩崎が前に立ち、同時に核を守ろうという算段なのだろう。攻守を同時に行える、まったくもって羨ましい“個性”だ。無いものねだりとは解っていても、いいなあと思ってしまうのはどうしようもない。
 軟化された地面――落とし穴を心配する必要はなさそうだ。骨抜の“個性”からして、穴が開いていればいくら塩崎のツルで土台を作ろうとも軟化したコンクリートはすり抜けていってしまうに違いない――から普段の倍のスピードで生えてくるツルをサポート武器の短刀(訓練用に刃は潰してある)で弾き返しながら、名前は着々と塩崎達の元へ近付いていく。

 運動神経良過ぎだろ!という骨抜の声に、名前はにっこりと笑顔を返した。そのまま心の中で謝りつつ、腕を大きくしならせれば、焦りを浮かべた塩崎の顔が現れる。名前は塩崎の懐に潜り込むと、ガードの腕ごと蹴り飛ばし、仰向けになった彼女を押さえ付けた。何千本ものツルが名前に襲い掛かろうとしたが、首元に短刀を押し付ければそれらも動きを止めた。残り時間はあと一分を切っている。
「やっぱ名字はすげえな。物間が姿見せないのが怖えけど……このまま時間切れで俺らの勝ちだ」
「あはは。いいのかなあ、このままだとお仲間が大怪我しちゃうよ骨抜くん。降参しよ?」
「敵かよ!」
 再びあははと笑うものの、骨抜は気を抜いてはくれなかった。確保証明のためのテープを手に、じりじりと名前達に近寄ってくる。
「うーん……」名前が言った。「“骨抜くん、武器を捨てて両手を上にあげてください”」
「……大分名字の“個性”にも耐性ついてきたわ」
「駄目かあ」
 従ってくれない骨抜に、名前はへらへらと笑う。「じゃ、これは? “もし止まってくれたら、骨抜くん、いつもよりもっと格好良いと思うなあ”」
「はっ!?」
 ぴたりと動きを止めた骨抜。ぎょっとしたのは塩崎だ。「卑怯ですよ名前さん!」
「勝てば官軍って言うじゃんー」
「名前さん!」
 からからと笑いながら、名前は「物間くん出番だよー」と背後に呼び掛ける。名前の声を合図に、部屋の外で待機していた物間が核を目指して勢い良く走り出した。塩崎が焦ってツルを伸ばすが、世界記録保持者だと信じ切っている物間にはあと一歩のところで届かない。「“頑張れ、物間くん”」

 訓練終了の合図が響き渡ったのは、物間が勢いよく転んだその直後だった。
「あはー……やっぱり塩崎ちゃんは凄いねえ」骨抜に掛かった暗示を解きながら、名前が言った。敵と違い不殺を心掛けるヒーローは、やはりどこか後手に回ってしまう。あの場で骨抜でなく塩崎にも暗示が掛かるよう訓練しないといけないな――そんなことを考えていた名前だったが、不思議そうな顔をして小首を傾げる塩崎に、思わずつられて首を傾げる。
「いえ……私、最後の最後で、ツルが届かなかったのですが……」



 まーそういう事もあるよと笑いながら背を叩けば、物間は苛々した調子で「うるさい!」と言った。彼が盛大にずっこけたのは、塩崎のツルが足に引っ掛かったわけではなかった。
「まあほら、あとちょっとだったじゃん。完璧詰んだと思ってたしさあ」
 そう言って笑う名前に、それは名字が凄いんじゃ、と彼らの後ろを歩いていた骨抜は思ったが、賢明にも口には出さなかった。物間が転んだのは塩崎のツルに足を取られたわけではなかったが、骨抜の“個性”でぬかるんだ床に足を滑らせた可能性は大いにあったのだ。
「何だよそれ。実質勝ちってやつ?」物間が言った。
「いや核止められなかったら大勢死人出るでしょ。完全敗北だよ」
「ちょっとはフォローしろよ!」
 名字さんの“個性”で走り過ぎて足痛いし散々だ、とぶつぶつ言う物間に、「運動不足なんじゃない?」と名前は笑う。
「うるさいな! どうせ僕は人真似しかできないよ!」
「あはは、物間くんしょぼくれモードだねえ」
「うるさい!」
「というか物間くんて割と気にしいだよねえ」
「うるさいってば!」
 自分のせいで負けたと思って恥じているのか、殆ど名前が課題をこなしてしまったせいか、物間はかなりいじけているようだった。“個性”は人格形成に大きく関わるとはよく耳にするが、これほど強い“個性”を持っているくせに、どうしてここまで卑屈になれるんだろうか。
 名前は笑った。「そんな気にしなくていーじゃん。私らの誰かが怪我しても、物間くんが居てくれたら問題ないでしょ? そしたら物間くんはみんなのヒーローになるんだよ。超格好いいじゃん」

 何も言わなくなった物間に、名前は内心で首を傾げる。
「……名字さん、今“個性”使った?」
「ううん」
「嘘だ」物間が言った。「だって、そうじゃなかったら、こんな……」
 くそっ!と言い残して走っていった物間に、名前は今度こそ首を傾げた。先程と同じくかなりの全力疾走だが、足は怪我していないんだろうか。耳は赤かったようだけど。
 一人首を傾げる名前の後ろで骨抜と塩崎が、インカムの先でオールマイトが、それぞれ顔を赤くしていたのはまた別の話だ。

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