サプライズ

「Umm……」オールマイトは自身の半歩前を歩く女性を見ながら、微かに唸った。「やはり私が持とう、名字くん。女性に荷を持たせるのは具合が悪い」
 振り返った名前は、オールマイトをちらっと見て、それから自身の手にする買い物袋を見遣った。彼女の手には、溢れんばかりの日用品や、食材の詰まったエコバッグが提げられている――彼女のものといえば、左手に持っている小箱の入ったビニール袋だけ。後のものは全て、オールマイトが買い込んだものだった。
「気にせんでくださいよ、私が好きで持ってるんですから」
「いやいや、レディーに荷物持ちはどうかって話だよ」
「レディて!」名前が笑った。「何なら変身しましょうか、そうすれば誰も女だなんて思わなくなりますよ」
 ――半異形型個性の持ち主である名前は、確かに“個性”を発動させれば到底人には見えなくなる。しかしながら、焦点はそこではないわけで。
 結局のところ、オールマイトが折れた。無言で自身の手を見詰める名前(恐らく、上手く手提げ袋を持てるか案じているのではなかろうか)に、「余計に注目を浴びてしまうよ」と、小さく口にしたのだった。


 名字名前はオールマイトの同僚だった。もっとも、広義で括ればヒーローは皆同僚となるわけだが――彼女はオールマイトと同じように、ヒーローでありながら同時に雄英高校で教鞭を取っていた。相澤と同期である彼女は当然オールマイトよりも年下だが、教師暦はオールマイトよりも長い。面倒見も良い彼女は、よく教師としての悩みに対し相談に乗ってくれる、気の良い先輩だった。当然オールマイトは名前を尊敬していたし、同僚として好いてもいる。
 しかしながら、プライベートで付き合いがあるわけでもなく。
「……篭城でもするんですか?」
 ショッピングセンター内でばったり顔を合わせた矢先、名前はそう不思議そうに口にした。オールマイトは、彼女が同僚の名前である事に気付くまで、一瞬の間があった。――トゥルーフォームの時に話しかけてくる女性は限られている為、すぐに相手は絞れたのだが。
「名字くんか!」
「はい、名字です」
 いつもの異形の姿でこそなかったが、声は名前そのものだった。思い起こせば、職員室でこの女性を何度か見掛けたことがある気がする。

 名前の口が一瞬Oの形を取ったが、彼女は一瞬口を閉ざし、「先生凄い荷物ですね」とおかしそうに笑った。どうやら気を遣われたらしい。
「いや何、普段ならこんなに一度には買わないんだがね。何というか、決まった勤務時間があるとこう……なかなか難しいものだね」
「ああ……まあ今迄が自由形態だった事を思えば、ズレが出てくるかもしれませんなあ……」
 私はもう慣れましたが、そう言った名前は、「どれお手伝いしましょう」と半ば強引にオールマイトの手からエコバッグを奪い取った。オールマイトは焦ったが、名前は笑うばかりで取り合ってくれなかった。確かに荷物は随分と嵩張ってしまっていて、彼女の申し出は正直なところ有難くはあったのだが。
 しかしまあ何です、憧れのヒーローが自分がよく行くスーパーに居るというのも、何だか妙な心地ですなと、名前がぼやくように言った。うるさいよ。


 居心地悪そうにするオールマイト――オールマイトが持っているものといえば、12ロール入りのトイレットペーパーだけだ――を見て、ますます名前は笑った。「熱い視線には慣れっこでしょうに」
「それとこれとは話が別だろう」
「そうですかね。まあ、私と会ったのが運の尽きだと思ってください」
 快活に笑う名前。オールマイトはやれやれと肩を竦めた。「たまには私らが助けさせてくださいよ、先生」

 二人は上の階の駐車場へ向かっていた。オールマイトとしては、そろそろ寿命が来てしまっている家電の代替品やら何やらをもう少し見たかったのだが、このままだと名前が「冷蔵庫も私がお運びしましょう」などと言い出しかねなかった。仕方なく、予定より早めに切り上げることにする。
「そういえば、名字くんは何を買いに来てたんだい?」
「私ですか?」
 上階へ続く階段を上りながら、オールマイトがふと口にした。「や、大したものではないのですが」
「実は甥っ子が今度小学校に入学するんですよ」
「へえ、そりゃめでたいね」
「ええ」名前は言葉を続けた。「すっかり行き送れましたからね、実の子どものように思ってますよ」
「オイオイ、名字くんはまだ若いじゃないか」
「今更結婚というのもね」
 女性はシビアだ。「まあともかく、祝いの品を買いにきたわけです。ですが、なかなかこれというものはないものですね」
「小学校に入学したばかりのような子にゲームというのは聊か高価な気がしますし、かといって学校に関係するものを買おうと思っても誰かと被ってしまうかもしれないし、何より味気ない」
「でも、もう買い物は終わったんだろう? 何を買ったんだい?」
 オールマイトは名前が手にするビニール袋を見た。長辺が三十センチほどの、小箱が入っている。既にプレゼント用に包んであるのだろう、白赤緑のカラフルな模様が袋から覗いている。
 名前は後ろを振り返った。「オールマイト人形にしました」

 甥も私も大ファンでねと、どこか照れ臭そうに笑う名前に、オールマイトは「まじか……」としか言えなかった。どこか気恥ずかしい気がするのは、名前が照れたような笑いを浮かべているからだろうか。ファンだと言われることに慣れてはいるのだが、改めて面と向かって態度に出されると――しかも、職場で毎日顔を合わす同僚にだ――複雑な気分だった。
 サインしようか、と申し出れば、名前は嬉しさと悔しさが入り混じったような顔をした。どうやら“甥も私も”という言葉に偽りはなかったらしい。後日、サイン入りの色紙をサプライズでプレゼントすると、名前は心底嬉しそうにした。

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