関係:幼馴染

 不意に肩に手を置かれ、名前は後ろを振り返った。途端に頬に訪れる異物感。思わず体を跳ねさせれば、名前の頬をつついた上鳴は「そんな驚くことないだろ」とからから笑った。
「吃驚するよ……」名前が言った。未だ笑みの消えない幼馴染に、小さく溜息をつく。「何か用? 上鳴くん」
「いや?」
 苛立ちが顔に出てしまったらしく、そんな名前を見て上鳴は付け足した。「そりゃ、友達見掛けたら声掛けるだろ」
「普通科今帰りなん? 遅くね?」
 日直だったのと告げれば、納得したらしく深く頷いた。自分の次の当番はいつだったかと考え始めた上鳴を尻目に、名前は上履きを脱ぎ、靴箱からローファーを取り出す。着々と帰り準備を進める名前に気が付いた上鳴は、「なんだよ一緒に帰ろうぜ」と肩を揺らした。
「いいけど……」
 呟くように返事をすれば、上鳴はちょっと待ってろよと小走りで行ってしまった。少し離れた場所から、ばたばたと音が聞こえてくる。四十秒も掛からず支度を終えた上鳴は、「帰ろうぜ」と名前に笑い掛けた。名前は何の気無しに触っていた携帯を、ポケットに仕舞い込む。
「上鳴くんてさ……」
「うん?」
 頭上にクエスチョンマークを浮かべ、首を傾げてみせる上鳴に、名前は「やっぱり何でもない」と口にした。


 上鳴電気は名前の幼馴染だった。互いに鼻を垂らした頃からの知り合いで、小中高と同じ学校に通っている。――名前が雄英を受けたのは単純に家から通える距離だったからであって、別に上鳴がヒーローを志していることとはまったく関係がなかった。
「何だよ。気になるじゃんか」
 口を尖らせる上鳴。子供のような仕草だったが、彼の顔が整っているせいか不思議と違和感が無く、むしろ嫌味にしかならない。
「何ていうかさ、ちょっと軽いよね」
 名前がそう口にすると、上鳴は少々不服そうに「へー」と言った。もっとも、気分を害しているという風ではなく、単純に遺憾に思っているだけらしい。
「何それ。誰かそう言ってたん?」
「そういうわけじゃないけど……」不満そうな顔で見詰められ、思わず口が滑る。「耳郎さんが、上鳴くんがしょっちゅう女の子ご飯に誘ってるって言ってて」
「耳郎?」
 名前の口から出た名がクラスメイトだったのが予想外だったのか、上鳴は鸚鵡返しにそう呟き、片眉を上げた。「名字さん、耳郎と仲良いの?」
「委員会が一緒なの」
「あ、そうなん? まあ何つーか意外だわ。名字さんと耳郎って全然タイプ違うもんな」
 あいつそんな事他所のクラスの奴に言ってんのかよ、と小さくぼやく上鳴に慌てれば、「んな焦んなくても解ってんよ」と笑われた。
「つかそんな俺軽そうに見えんの?」
「うーん……軽そうっていうか……ちゃらそう?」
「悪化してね?」
 困ったように頭に手をやる上鳴は、やはり腹が立つほど絵になった。じいと見詰めていると目が合い、彼は「そんなちゃらそう?」と眉を下げる。気にしてるんじゃない。
「金髪は仕方ないとして……もう少し短くしたらいいんじゃないのかな。すっきりするよ」
「このくらいの方がかっこいくねえ?」
「電気くんはどんな髪型でもにあうと思うよ」
「んな棒読みで言われても……」
 前髪を摘む上鳴。校則に引っかからないのだろうかと思いつつ、短髪の上鳴を想像する。――そもそも今はちょうど良いところにメッシュが来ているが、もう少し短い間隔で黒色の部分が生えてきたら、悲惨なことになるに違いなかった。二段の稲妻マークはかなりダサいだろう。

「色んな女の子に声掛けてるの?」
「えっ、その話引っ張るん?」
 笑う上鳴をじいと見詰めれば、「別に手当たり次第ってわけじゃねーから」と謎の弁解をされる。
「それに、男と二人で飯食いに行って楽しいか?」
 むしろ怪しいだろと口にする上鳴。そういう所が軽そうと言われる所以なのではないかと名前は考えたが、結局口には出さなかった。

 上鳴の手前はぐらかしたが、実際に彼を軽そうと言う女子が居ないわけではなかった(決して耳郎だというわけではなく)。やはり、金色に染まった髪がその最たる理由ではなかろうか。しかしながらパーソナルスペースが狭い彼の言動は、どこか軟派に映るのもまた事実だった。もっとも、名前の前では不思議と落ち着いていて、別段軽そうに見えたことはないのだが。
「つか何、名字さんも飯行きたいわけ?」
 ぎょっとして上鳴を見る。何故そういう結論に至ったのだろう。そりゃ、上鳴とは子供の時からの知り合いで、一緒に遊んだこともあったし、互いの家だって知っている。しかし高校生になった今、彼と二人きりでどこかに行こうだなんて、考えたことがなかった。
「別に、そういうわけじゃ……」
「名字さんさあ、もうちょっとはっきり言ってもいんだぜ?」
 ふと気付いた時には顔の横を腕が通っていて、ともすれば触れてしまいそうな距離に上鳴が立っていた。「家帰る前にお茶でもしてく?」


 普段と同じように笑っている上鳴を見上げながら、ああこれは確かに“軽い”なあと一人ごちる。彼がこうして笑っていられるのは、名前のことをただの友達としか思っていないからに違いなかった。どう答えようか迷っていた矢先、上鳴の側頭部に細い紐のような物が突き刺さる。
 ぎゃあぎゃあ言い合っている上鳴と耳郎を見ながら、「駅前のバーガーショップで良い?」と問い掛けると、彼らは二人揃って目を丸くした。

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