勘弁してくれ

 乗っかられた体勢のまま、ドーラクは思案する。このままこうしていた方が良いのか、それとも無理にでも退けた方が良いのか。無論、ドーラクとしては後者だ。固い床に押し付けられた背中には負荷がかかっており、先程から嫌な具合に音を立てている。
「あっは、固いのね」
「……そりゃ、ま、蟹だからな」
 ふぅん、と呟く名前は、依然としてするするとドーラクの肩やら胸やらを触っている。
 ――単なる知的好奇心か。
 デビと同じく蛸である彼女には骨がない。ドーラクとてそれは同じだが、その代わりとして外骨格がある。つまり、甲羅だ。名前にとってしてみれば、この固い鎧が珍しいのだろう。ペタペタ、ペタペタと、ドーラクを撫で続けている。

 彼女にどういう意図があるのか、ドーラクには解らない。知的好奇心だろうと結論づけはしたが、それが正しい答えだとは到底思わない。正直なところ、やめてほしい。悪戯に弄ぶのは。ドーラクは彼女を見るたびに、自分の中の雄が息を吹き返し始めるのを感じるのだ。
 畜生、茹で蟹になったらどうしてくれる。仮面に隠れ、そんな表情が現れないだけマシというものか。ドーラクの思いなど知りもせず(いや、本当にそうだろうか。もしかして、知っていて気付かぬふりをしているのではないだろうか。ドーラクには解らない)、名前はドーラクに触れ続ける。まるでそこにあるナニかを、確かめようとしているかのように。

 名前の人差し指が、つつ、とドーラクの胸の甲羅をなぞった。制服の上からではあるのだが。

 問題は、彼女の白く細く長く小さく美しいその指が、物凄く柔らかいということをドーラクが知っていることだ。ドーラクが少しでも力を込めれば彼女の脆弱な指など、いとも簡単に千切れてぐちゃみそになってしまうだろう。
 名前の指が自分をなぞるたびに、ドーラクは言い様のない気持ちに襲われる。互いが人の形をとっていなければ、こうはならなかっただろうに。この手を引き千切ってやれば、彼女はどんな反応をするだろう。その瞳にドーラクを宿し、軽蔑の目を向けるのか。それはそれで、良いかもしれない。何せ、彼女はミズダコだ。腕なぞいくらでも生えてくる。彼女がドーラクの元に寄るたびに、自分はその腕を引き千切ってやる。そうしたら初めて、ドーラクは知ることができるのだろう。何故、名前を力任せに押し退けることが出来ないのか、その理由を。
「ま、しねェけど」
「なぁに?」
 ぽつりと漏らした言葉を、名前が聞き咎めた。ぐいっと近付いた彼女の顔に、不本意ながら心臓が跳ねる。甲羅の中で爆ぜてしまうのではないか、そう錯覚してしまうほどに。
「なんでもねえよ、ギシギシ」
「変なドーラク」
 名前の口が、ゆるりと弧を描いた。

 がばりと起き上がると、名前の座る位置がずれた。丁度、真ん前で向き合う形になる。そうして口付けの真似事をすると、彼女はきょとんとドーラクを見上げた。こいつは茹ったりしないのだろうな、そう思うといやに惨めだが、それでいて気分が良い。
「……なぁに?」
「うるせえよ」
「……やっぱり変なドーラク」
 ぽつりと名前はそう呟き、ドーラクは小さくギシギシと笑った。甲羅を押したり掻いたりして何が楽しいのか、それはドーラクには解らない。しかし彼女とて、ドーラクが何故こうも名前の我儘を許容するのか知らない筈だ。それならそれで、良い。勘弁してくれと、そう思いはするのだが。彼女が自分を弄ぶなら、自分はそんな彼女を見て笑ってやろう。彼女の興味深そうな顔も、キスをされて驚く顔も、全てはドーラクだけのものなのだ。

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