蒸発する
兄の恋人だった名前は、兄が死んでからも水月の元に訪れる。多分、ボクに気を使ってくれているのだろう。半分くらいは。
「うあー……っづい」
「だね。勘弁してほしいよ、ホントにさ」
水月も暑さには弱かったが、名前は名前で暑さに物凄く弱い。あついあついと何度も漏らす名前は、ボクより年上には到底見えない。
視線を感じて名前を見ると、じとっとした目でボクを見ているところだった。
「……何」
「いやあ……」
へへへ、と、名前が笑う。
――名前の姿が消えた。
そして背後によく知る気配。
「あー……」名前が呟いた。「すいげつ、あっつい」
「……当たり前だろ」
あついあついと喚きながらも、抱き着く名前はボクから離れようとはしなかった。じとりじとりと汗がにじむ。
「水月は、冷たいと思ったのに……」
「そりゃ、残念だったね」
確かに鬼灯一族の水月は液体になることができるが、だからと言って水のように冷たいわけではない。背に感じる名前の体温が、ひどく熱い。
「水月は子供体温だなあ」
「どうせボクはまだ子供だよ」
名前は水月から離れようとしなかった。水月も、名前を振り払おうとはしなかった。
暑くて熱くてたまらない。うっかりすると、蒸発してしまいそうなほどに。いっそその方が涼しいかもしれない。そうして兄への羨望も嫉妬も全て全て無くなってしまえばいい。そうすれば、名前を振り払うことだってできる筈だ。きっと、できる筈だ。
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