花の咲かない惑星

きっといつだって、まぶしくて瞬きすら忘れるくらい夢中だった。目が合うだけで、心臓の脈が鼓膜にまで響いて、鳥のさえずりしか聞こえない朝なのにやけにうるさく思うくらいには。

恋なのだ。ずっと前から。気づいたときのは随分昔なのに、それでも遅かった。

「鋭児郎くん、おはよう」
「おう!なまえ、はよ!」

雄英までの通学路をふたりで並んで歩みながら、昨日見たテレビの話や授業のこと、何気ない会話を弾ませる。桜並木は随分青葉が茂っていて、入学からの時の流れを感じさせた。
──想う相手が幼なじみというのは、恵まれている。と思う。何かにつけて顔を合わせることができて、名前で呼ぶことに不自然さの介入はなく、彼の何気ない日常に滑り込むことができるのだ。けれど、そのぶん彼のことは分かってしまう。

「なァ、姉ちゃん元気か」

平静を装ってという程のトーンでもなく、されどわたしが聞けば分かるくらいには熱のこもった声だった。

「お姉ちゃん、上司が厳しいってよく愚痴ってる、」
「そっか、社会人って大変だな」

鋭児郎くんからも連絡してあげてよ、と言うはずだった建前の言葉は続かない。喉元が空気の吸い方を忘れたみたいにひりつく。そんなことも知らぬ彼は、欠伸を噛み殺して目を細めた。それ以上は、彼が聞かないからわたしも広げない。そこからは彼のクラスメイトの爆豪くんの話や、わたしの普通科のクラスメイトの話で盛り上がった。そうこうしているうちに、わたしたちは雄英に辿り着いて、またねと別れの挨拶を口にする。各々の教室へと足をすすめて、一日が始まるそのとき、鋭児郎くんといられる時間は呆気なく終わる。

鋭児郎くんはわたしが彼を好きだと自覚したときにはすでに、姉を見ていた。何がきっかけだったかは分からない。五つ年上の姉は、長女らしいひとだった。わたしや鋭児郎くんが困っていれば、迷わず手を差し出すし、わたしが駄々をこねれば自分が我慢しておもちゃを譲ってくれる、そんな自慢の姉だった。それでいて女の子らしくて、どうにも守ってあげたくなる雰囲気のある人だった。
だから、彼が焦がれていることに驚嘆はなかった。わたしも姉は好きだ。わかる。けれど、いやだ。わたしとまるで兄妹であるみたいに、わたしの姉を「姉ちゃん」と呼ぶその声に含まれた恋慕を聞きたくなかった。そんな稚拙な感情を奥歯で噛んで、C組の扉を押し開いたら、なんてことない日常が今日も始まった。

◇◆◇

ヒーロー科と普通科は授業のカリキュラムが異なるから、帰り道に会うことはそうそうない。
中間試験の前に参考書を見ようと最寄りの一駅手前で電車を降りて本屋に立ち寄れば、ショーウィンドウ越しに見慣れた横顔をみた。会計を手早く済ませて信号を待つその背を双眸で捉えるや、隣には見知らぬ男性がいることに気がつく。脳裏によぎった彼のせいで、本を包んだ紙袋を握る指先からくしゃりと音が鳴る。それとほぼ同時に姉と視線がかち合う。一瞬の逡巡は、姉の無邪気な笑顔で掻き消えた。手をあげて駆け寄ってくる姉に、複雑な気持ちを気づかせぬように笑顔を繕う。

「なまえちゃん、帰り道?」
「うん、本屋さんで買い物して、今から帰るとこ。お姉ちゃんは…?」
「あっ、わたしの妹!この人はわたしのお付き合いしてる人で、」

隣にいる背の高い男性に会釈をして、目配せで姉に説明を求める。姉の声が遠く、それでもはっきりと聞こえた。
会社の先輩で、優しくいつも教えてくれて、それでね。一生懸命に恋人の説明をしながら朗らかに微笑み合う姉を見ながら、その遠くに見ていたのはずっと姉を想っている鋭児郎くんのことだった。

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