十九話


『社交ダンスに参加する生徒は、集合場所に集合してください』

 校内アナウンスが流れたのを聞いて、クラスから離脱して集合場所へと向かう。そこには既にテニス部のレギュラーメンバーも集まっていて、去年と同じ光景や。でも、心境がこれまでとは違う。これまでの、仕方なく参加してきたのとは違うんや。

「侑士おせーぞ。みょうじは?」
「ん、まだ来てへんな。別に遅ないやろ、まだ時間あるし」

 キャンプファイヤーの準備も整っており、周りの電飾は既にきらびやかに会場を彩っている。中々いいステージや。・・・いよいよやな。
 そういえば俺、今まで告白受けるばっかりやったから、俺から告るん初めてやな。今更やけど。みょうじは、嬉しいて思てくれるやろうか。絶対大丈夫やって、そう思っとったのに。それでもそわそわと気持ちが焦るのは・・・緊張、か。
 昨日一緒に文化祭回っとった時、なんやデートみたいやな、なんて思って・・・やっぱドキドキしたし。ホンマは手繋ぎたかってんけど、周りの目もあったし、上手く言い出せへんかった。情けないわ、ほんま。・・・可愛くて、近くて遠い距離感がむずむずした。唇についたクリーム見た時は、思わず手が伸びてもうたけど・・・ぺろって唇舐めて見えた舌が正直色っぽくて、唆られた。
 そんなことを呑気に考えていた時、スマホの通知音が鳴った。みょうじから連絡やろか、思て、すぐに開いた。・・・内容を見て、目を見開いた。

「・・・岳人、ちょおみょうじ迎え行ってくるわ」
「おー・・・ってダッシュ?! 遅れんなよー!!」

 アテなんて無いくせに、そのまま走り出していた。なんやねん、それ。

[忍足くんごめんなさい、社交ダンス出られなくなっちゃいました。他に相手いたら、他の子と組んでください。本当にごめんなさい。]





 みょうじの教室に真っ先に行ったが、既にどの生徒も後夜祭へ向かった後だった。校舎内の教室を虱潰しに探したが見つからない。電話かけても繋がらへんし・・・そもそも、なんで・・・。文化部の発表んときは、確かに出てくれる気でおったと思う。別れたあとに何かあったんやろか。まさか、ケガとか・・・・・・そう思ってすぐ、保健室に出向いた。が、遅かった。

「みょうじさんね、さっきまで居たんだけど・・・」
「なんか、怪我でもしたんですか」
「片付けのときに足挫いたみたいでね、軽い捻挫だったけど。今日の社交ダンスは辞めたほうがいいわね、って言ったら、見学するってさっき出ていったとこだったのよ」

 先生の口振りからして、そう時間は経っていない。すぐ探せば見つかるはずや。保険医の先生に礼を言うと、またすぐ保健室から飛び出した。こっからそう遠くなくて、一人になってそうな場所・・・・・・歩きながら模索していると、後ろから声をかけられた。

「侑士っ!」
「・・・ユリカ」

 振り返ったそこに居たのは、ユリカだった。ユリカは振り返った俺に近付いてきて、ぐっと上目遣いでこちらを見つめて来た。付き合うてた頃からの、ユリカがよおやっとった癖。

「どないしたん、俺急いでんねんけど」
「ねえ、社交ダンス、みょうじさん出られないんでしょ? ユリカ、代わりに出られるよ」
「・・・なんで知ってん」
「さ、さっき通りかかってね、聞いたの。私じゃ出られないしって」

 “他に相手いたら、他の子と組んでください。本当にごめんなさい。”

 ・・・みょうじは、どんな気持ちであの文章を打ったのだろう。今どんな気持ちで、・・・。いつも嬉しそうに笑ったり、顔を赤らめたりしとるみょうじが、悲しんでる顔を想像したら、胸が張り裂けそうやった。

「ね、だからユリカと」
「すまん、他当たってくれ」
「あ、ちょっと!」

 引き留めるユリカに構わず、俺は踵を返して走り出した。とにかく、早く見つけなあかん。胸が、痛くて仕方がなかった。

「っなんで、なんであの子なのよッ!?」

 廊下に甲高い声が響いていたのも、構わずに走っていた。他に当たっていない場所はないか、見回しながら校舎の奥の方まで入って行くと、目線の先に何か落ちているのが見えた。





 あたりはすっかり暗くなりだして、校庭のキャンプファイヤーの光がこちらまで溢れていた。校舎の裏口から外に出て、扉に凭れていた。ここなら人は居ないし、キャンプファイヤーの様子も伺えた。
 すると、社交ダンスの音楽が流れてくる。重い身体をずらして見えやすい場所に座った。キャンプファイヤーの周りには、二人組の男女の影が踊っている。胸が痛い。
 あの中に、忍足くんはいるのだろうか。忍足くんなら、相手なんてすぐ見つかるよね。・・・約束急にすっぽかしたから、怒ってるかな。
 怒るよね。あんな直前に、LINEだけでドタキャンして。嫌われちゃったよね。包帯が巻かれた右足首に手を伸ばす。どうして、こんな。ちょっと前まで浮かれてた私がバカみたいだ。忍足くんは、王子様だけど、私はお姫様じゃないんだから。だから、罰が当たったのかもしれない。わたしなんかが、忍足くんと・・・
 ポタポタと、涙が溢れて、止まらなくなった。声を殺して、いくら袖で拭っても、涙はとめどなく出てくる。
 忍足くんと、社交ダンスに出たかった。忍足くんがたくさん練習に付き合ってくれて、本番は緊張してたけどずっと楽しみにしていたのに。
 階段から落ちた時、間違いなく誰かに背中を押された。すぐに逃げられちゃったけど、女の子だったのは確か。今までの小さな嫌がらせはまだ我慢できてたけど、こんなのあんまりだ。
 それに、今までのことも、決して平気だったわけじゃない。悲しかったし、たくさん嫌な気持ちにもなってきた。でも我慢してきた。ずっと押し込めてた辛い気持ちが、ここにきて溢れ出て来て、涙が止まらなくなってしまった。

「う、っく、っ・・・ううっ」

 最近、幸せすぎたのかな。やっぱりわたしなんかが忍足くんと、なんて、出来過ぎた話だったのかもしれない。膝を抱えて、制服に目元を押し付けた。

 ガチャリ、と後ろのドアが開いて、びっくりして肩が震え上がる。振り返られずにいると、声が降ってきた。

「・・・見つけた」

 低くて、優しい、大好きな声。今すごく会いたくて、会いたくなかった人の声だった。

「おしたり、くん」

 泣いてるのを悟られたくなくて、涙を拭って堪えながら声を振り絞る。顔を見る勇気も、見せる勇気も出なかった。

「・・・社交ダンス、は」
「阿呆。社交ダンスっちゅうんは一人で踊るもんやないやろ。相手おらな始まらへんわ」
「っ、ごめん、なさい、わたし・・・っ」

 声が震えて、涙がまだまだ滲んでくる。唇を噛み締めて、深く息をする。

「階段で、転んじゃって、ケガ、しちゃって、あんなに教わったのに、忍足くんに会わせる顔、なくて、やくそく、やぶっちゃって、わたし・・・っ」

 上手く話せなくて、途切れ途切れになってしまう。涙が抑えきれなくて、鼻を啜る音も絶対聞こえているだろう。困らせたくないのに。

「ごめ、なさい、忍足、くん」
「・・・もう、ええから」
「え、っ」

 忍足くんは私の隣に座ったかと思うと、私の身体をぐいっと引き寄せてきて、思わず顔を合わせてしまう。泣き顔を見られたのもそうだけど、忍足くんもとても悲しそうな顔をしていて、胸が締め付けられた。そのまま、忍足くんは私の顔を胸に押し付けて、ぎゅっと抱き締めてきた。

「怒ってへん。怒ってへんし、みょうじはなんも悪ないから。守れへんで、ごめんな」
「おしたり、くん」
「泣き止むまで、ずっと一緒に居るから。だから、一人で泣かんといてや、な?」
「う、っく、うう」

 忍足くんの声が優しくて、心に沁みるようだった。抱きしめる力は優しくて、私の頭と背中を撫でてくれた。我慢していた涙がどんどん溢れ出て来て、忍足くんの胸に顔を埋めながら、糸が切れたように泣いた。
 忍足くんの腕の中は広くて、温かくて、優しくて。社交ダンスのBGMを遠くに聞きながら、忍足くんのぬくもりのなかで、泣き続けた。





[ PREV | NEXT ]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -