二十話


 ずっと。ずっと、好きだった。初めて会った時からだ。侑士が私の前に現れてから、ユリカの世界は一変したのだから。退屈だった毎日が途端に輝き出して、侑士しか見えなくなって。誰が侑士を好きでも、誰が来ても離れても関係無い。いつか、ユリカだけを見てくれる日が来るのを、信じていた。


 文化祭三日間が終わり、代休を越えた今日。私の心臓はドキドキと脈打っていた。二か月ぶりに、侑士の方から連絡があったのだ。朝早くの呼び出し、一体何の用事なんだろう。
 呼び出しを受けた空き教室には、まだ誰も居なかった。持っていた鏡を見て前髪を整えて、リップを塗り直す。誰も居ない教室・・・付き合っていた頃、ユリカがワガママを言って何度か二人でサボったな。静かな教室に、侑士と二人きりでくっついて。思い出すだけで、切ない気持ちでいっぱいになる。・・・あの頃に戻りたい。
 幼稚舎から氷帝に通っていて、寄ってくる男の子は居たけど、恋をしたことが無かった。中等部で突然現れた侑士に、一目惚れをしたのだ。他の子供っぽい男子たちとは違って、大人びた侑士は一際かっこよくて。低めの甘い声や高い身長にドキドキして。毎日他の子を押しのけて必死にアタックして、告白したら受け入れてくれたんだ。嬉しかった。・・・他に彼女がいても。ユリカだけじゃなくても、傍にいられるならいいって思ったんだ。辛かったし、他の彼女達の事は大嫌いだったけど。
 侑士は、優しい。優しいけど、どこか冷たい人だった。侑士の低温なところを見つけるたび、すごく寂しくなったけれど、ずっと一緒にいればいつか解決するんだと思ってた。何人女の子が離れて行っても、ユリカだけは絶対に離れない。ユリカだけは、侑士と最後までずっと一緒に居るんだって、そう思ってたのに。

「・・・すまん、待ったか」
「! ぜ、全然! 今来たとこ!」

 背後からの声掛けに肩を震わせ、すぐ振り返った。侑士は静かに扉を締めて、ユリカに近付いてくる。二人きり、夏休みの終わり以来だ。今すぐにでも抱きつきたいし、抱きしめて欲しいのに、侑士は距離を置いたところに立ち止まった。

「話、ってなに?」

 静かな教室で、二人の声だけが響いてる。今日は、寒い。指先がつめたい。でも、・・・侑士の瞳のほうが、よっぽど冷たかった。

「なあ、お前、みょうじになんかしたやろ」
「なんか、って」

 今一番聞きたくない名前。なんで侑士の口から聞かなくちゃいけないの。

「具体的に言わなわからへん? ここ最近な、みょうじのモノ失くなったり、危ない目遭ったり。嫌がらせみたいなんされてんねん。お前、なんか知っとるんちゃうか」
「ゆ、ユリカなんにも知らない! みょうじさんとなんて、喋ったこともないのに、そんなの」
「・・・文化祭ん時、お前みょうじにケガしたて聞いたって言うたよな。喋ったこともないのに、なんでやろな」
「そ、れは」
「みょうじはあの日、お前とは会ってへんって言うとったで」

 しまった、と思った。まさか侑士にバレるなんて思っていなかったから、冷静さを欠いた。侑士の目も、声も、冷たい。こんな目線を向けられたこと、初めてだった。

「・・・確かに、別れた時は一方的やったかもしれん。それは謝る。でもな、してええこととあかんことがあるやろ」
「っ、侑士は、あの子のこと好きなの?」
「・・・あんな」
「だっておかしいじゃん、あの子さえ居なければユリカ、まだ侑士の彼女でいられたのに。ユリカのほうが、侑士のこと好きなのに」
「・・・・・・」
「ユリカのほうがっ、ユリカのほうが先に好きになったのに! なんで? なんでっ?」

 じわっと涙が滲み出た。侑士に詰め寄って腕を掴む。ねえ、ユリカ、今すごく傷付いてる。前までだったら、優しく抱きしめてくれたでしょう。愛されてるとは感じなかったけど、幸せだったんだよ。

「・・・もうな、アカンねん」
「っ、なにが」
「俺が酷い男やったのは、認める。お前のことも、信用はしとったけど愛してはやれへんかった」
「・・・」
「恨むんやったら、俺のこといくらでも恨んでもらって構わへんから。みょうじになんかするん、もうやめてくれ」
「そんなに、大事なの」
「・・・無理に謝れとは言わへんよ。せやけど俺、こんな事する様な女に幻滅せえへん程、お人好しでもないねん」
「っ!」

 ぐっさりと、心に刃が突き刺さって、こわれた。侑士は、完全に私のことを拒絶している。突きつけられた事実に、目の前が真っ暗になる。俯くと、涙が床にポタポタ落ちて痕を作る。

「・・・抱きしめてよ」
「・・・できひんよ」
「ユリカ、ずっと侑士のこと好きだったんだよ、誰よりもずっと、侑士のこと」
「・・・知っとるよ」
「え、」

 顔を上げた途端、朝のHRのチャイムが鳴った。侑士は「・・・話はそれだけや。お前も、他に好きな男見つけるんやで」とだけ言い残して、教室から出て行った。ピシャリ、とドアが閉められたのを確認すると、糸が切れたようにしゃがみこんだ。

「う、っく、ひっく」

 侑士と別れた時、いやそれ以上に泣き腫らした。チャイムもスマホの着信音も耳に入らなかった。侑士のことだけが好きで、勉強もお洒落も頑張ってきた。わたしはこれから、どうしたらいいんだろう。






「・・・なんや、盗み聞きは趣味悪いんちゃう?」
「アーン? コトが済んだらここに来いって言ったのはお前だろうが。押し入った方が良かったのかよ」
「・・・はいはい」

 教室を出てすぐ前に、跡部が立っていた。ほら行くぞ、と言われそのままクラス教室の棟へ歩いて行く。

「ほんで、どうやったん」
「ああ、西園寺の取巻き二人、二人ともアッサリ認めたな。持ち物の盗難に嫌がらせのメール、LINE。あと体育祭のポールの件も奴等らしい」
「・・・そうか」
「次発覚したら処分を考える、って釘刺したら泣きながら謝ってきたからな、滅多な事がなければ再犯はねえだろ。二人共跡部グループの子会社の娘でな。俺に目を付けられたとなれば、大人しくするしかねえだろうよ」
「・・・それは、頼もしいことで」
「これだけ手を貸してやったんだ、ひとまず今週一週間はお前、トレーニング倍だからな」
「うわ、きっつ」

 みょうじに嫌がらせをしていたのは、俺の元カノの西園寺ユリカとその取り巻き二人によるものたった。ユリカのことはみょうじに直接聞いたが、取り巻き二人については跡部に名簿から検討をつけてもらい、それが当たったようだった。一部校内の防犯カメラにも映っていたから、物的証拠もある。出すとこに出せば処分の対象やろけど、みょうじが大事になるのを望まへんかったから、こうして口頭の厳重注意で収めることになった。

「ともかく、次は無ぇからな。こんな揉め事これ切りにしろよ、お前らしくもねえ」
「・・・わかっとるよ」

 教室前で、跡部と別れた。俺らしくも無い、か。確かに俺にしては、周りが見えとらんかった。・・・好きという気持ちが先行して、周りからの目を気にしなさ過ぎたんや。俺は平気でも、みょうじも平気とは限らへんのやから。
 守りたいと、思った。嬉しそうに笑うみょうじが好きで、大切やと思うから。後夜祭、一人で泣いていたみょうじの泣き顔を思い出すだけで、胸が締め付けられる。もうあんな思い、させたない。強く、胸に誓った。





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