十六話


 忍足くんとの社交ダンスの練習に、体育祭に向けての運動活動委員の活動。私にしてはそれなりに忙しい日々を過ごしていたけれど、その体育祭ももう明日だ。

「リカちゃん、クラスリレー出るんだ」
「うん! 毎年出てるからねー、今年も一番とるからね」

 昼休みのお弁当タイム。リカちゃんは毎年クラスリレーのアンカー担当だそうで、今年も燃えているみたい。実際リカちゃんはクラスの女子で一番足が早くて、男子ともいい勝負できちゃうくらいだ。楽しみだなーって笑うリカちゃんを見て、運動は苦手だけど私も楽しみになってきた。・・・忍足くんが走るとこも見れるかな。忍足くんの出場科目、あとでこっそり見せてもらおうっと。

「・・・ねえ、みょうじさん、だよね」
「え? あ、はい」

 突然、声をかけられてハッとする。わたしとリカちゃんは教室の廊下側、扉の直ぐ近くの席で食事をしていたから、扉を開けて立っている女の子からの声は直ぐ耳に入った。・・・立っていたのは、知らない女の子だった。

「ちょっと話あるんだけど、来てくれない?」
「・・・話があるならここですればいいんじゃないの?」
「用があるのはわたしじゃないの。葛西は関係ないでしょ」

 ちょっと強気そうな彼女に怯んでしまったけれど、すかさずリカちゃんがツッコミを入れてくれる。なんか、嫌な予感は確かにする。でもリカちゃんとその子がばちばちし始めてるのもちょっと怖くて、それを収めるためにも立ち上がった。

「わたしなら大丈夫だから! 行ってくる!」




 連れて来られたのは、隣の校舎の空き教室。そこには女の子が二人待っていた。三対一って、さすがに卑怯じゃ・・・。やっぱりリカちゃんに着いてきてもらえばよかったかも。しかも、待っていた女の子の一人はユリカちゃんだった。もう、なんの話かは想像がついてしまう。緊張からか恐怖からか、心臓がドクドクしていた。教室に入ってきたわたしに気付いたユリカちゃんは、鋭い目つきでわたしを睨んでる。わたしを連れてきた子に促されて、ユリカちゃんの前に立った。

「みょうじさん、わたしのこと覚えてる? 春に図書室で会ってると思うんだけど」
「・・・うん。覚えてる」

 四月の、あの図書館でのこと。ユリカちゃんも覚えていたんだ。ユリカちゃんは、明らかに苛立っている様子で、わたしのことをキッと睨んでいた。こ、怖い。でも、近くで見るとますます可愛いなあ。髪の毛ツヤツヤでふわふわに巻かれてて、目もぱっちりしてて、長いまつげが綺麗にカールされている。キラキラ可愛いお嬢様って感じだ。

「単刀直入に聞くけど。侑士とヤッたの?」
「え゛っ!?」

 呑気なことを考えていたのも束の間、ユリカちゃんがとんでもないことを言い出した。や、ヤったっていうのは、そういうコトの話だよね、えぇ。

「そ、そんなわけないじゃん」
「じゃあなに? どうやって侑士落としたわけ? あなた侑士と社交ダンスのペア組んでるらしいじゃない、一体どうして侑士があなたなんかと組むの?!」

 今にも掴みかかってきそうな勢いで詰め寄ってくるユリカちゃんに、思わず後退りする。サイドに居る女の子二人は、無言で私を睨みつけていた。こ、こわすぎる。

「いやその、わたしもわかんないっていうか・・・忍足くんに頼まれて・・・」
「はあ?!? 何それ!! なんで侑士がユリカじゃなくてあなたを誘うの!?」
「そんなこと言われても・・・」

 わたしだってわからない、そんなの。忍足くんに誘われたなんて、今でも何かの間違いかと思ってしまうくらいなのに。

「去年まではユリカが侑士と組んでたのに! それなのに今年だけおかしいじゃん! 大体高等部から編入してきたような他所者がなんなワケ!? クラスだって違うくせにどうやって侑士のこと唆したのよ!! アンタみたいなその辺に埋もれてそうな地味な子が、あり得ないじゃん!!」

 嵐のように浴びせられる罵倒に完全に圧倒されて、言葉がぐさぐさ心に刺さってくる。口調がどんどん荒くなってるし・・・何も言えなくなってしまった私をキッと睨むと、ユリカちゃんは続けた。

「ちょっと優しくされたぐらいで調子乗らないでよね! アンタ勘違いしてるかもしれないけど侑士って誰にでも優しいの! アンタだけ特別なんかじゃないんだからね。第一アンタじゃ侑士と釣り合わないのよ、身の程弁えたら?!」
「わっ、!」

 言い切ったユリカちゃんはわたしを突き飛ばして、そのまま教室を出て行った。他の二人も、それに続いて去っていく。わたしはそのまま尻もちをついてしまって、座り込んでしまった。

「釣り合わない、かあ」

 そうだよね、当たり前だ。あんなにかっこよくて人気者の忍足くんと、地味で特に取り柄もないわたし。釣り合わないって言われて当たり前だ。ユリカちゃん、可愛いし。他の子たちだってそうだ。わたしなんかより、ずっと綺麗で・・・。座り込んだまま、ぼんやりと考えていた。わたしなんかが、どうして忍足くんに優しくしてもらえてるんだろう。いくら考えても答えは出なくて、しばらくしてからようやく教室から出た。




 体育祭当日。委員の仕事であちこち駆け回っていたから、時間が過ぎるのも早い。朝九時から始まった午前の部も徒競走が終わり、次の借り物競争が最後になっていた。

「つーかおまえほんとに足遅いんだな。差開き過ぎ」
「うるさいなあ、向日くんたちとは出来が違うんだからしょうがないでしょ」
「だからってあの開き具合はなぁ」
「うーるーさい!」

 楽しそうにからかってくる向日くんに言い返すけど、ますます楽しそうに笑ってくるだけだった。くやしい、けど、足が遅いのは事実。さっきの徒競走では、大幅に差をつけられてビリだった。ああ、恥ずかしい・・・

「まーそんな不貞腐れんなよ、次ユーシ出番だぞ」
「わっ!そうだった!」
「目の色変えすぎ」

 午前の部最後の種目は借り物競争。最後のレースが忍足くんの出番だった。忍足くんが借り物競争って、なんか結び付かなくて可愛いかも。スタート位置に立つ忍足くんを遠目に眺める。ああ、今日もかっこいい。

「位置についてー、よーい」

 パンッ、とピストルが鳴り、選手が走り出した。忍足くんもすぐスタートして、選手が一斉に借りるものが書かれているメモを開いた。内容、結構面白いのたくさん混ぜてたから楽しそう。物だけじゃなくて人とかも入れてたし。忍足くん、何引いたんだろう。メモを開いた忍足くんは、内容を見るなり周りを見回してる。借りたいものを探してるんだ。そんな忍足くんを見つめていると、ばちっと目が合う。すると、すぐさまこちらに走って来た。え。

「岳人、みょうじ借りてくで」
「えっ!」
「おー、そいつ足遅ぇから頑張れよ」
「ん、せやったら大丈夫や。ちょっとごめんな」
「え、ちょっえええええっ!!!」

 何かと思ったら、忍足くんがひょいと私を抱き上げて、そのまま走り出した。え、え、え!?客席からは女の子の悲鳴が聞こえて、私は私で頭が真っ白で、ショートしてしまいそうだ。

「ちょっ忍足くっおろしておろして! 重いから! 重いし色々だめだよこれ!」
「軽いから平気や、すぐ着くから我慢し」
「うううーっ」

 あんまりの恥ずかしさに顔を両手で隠す。お、忍足くんに、お姫様抱っこされてる!!! 心臓が一気にバクバク暴れ出して止まらない。忍足くんに触れられている場所が熱くて、そもそも両腕で抱きかかえられて密着している事実に身体が爆発しそう。そんな私の気持ちをよそに、すぐに忍足くんはゴールテープを切った。あ、一着。

「い、一位、おめでと」
「ん、借りられてくれておおきにな」
「あ、あの、そろそろおろして、くださると」
「ああ、急に堪忍な」

 ゆっくりと下ろしてくれた忍足くんは私とは違い至ってポーカーフェイス。な、なんでそんな平然としていられるんだろう。わたしはこの痛過ぎる視線が気になって仕方がないのに。

「侑士、お題確認するぞ」
「ああ、頼むわ」
「ったく、何涼しい顔してんだよ。はい、お題オッケーな」

 いつの間にかゴール側に先回りしてた向日くんが、忍足くんのお題を確認する。お題はクリアだったらしく、忍足くんに一着の旗が渡された。

「お題、なんだったの?」
「ん・・・さあ、なんやったかな」
「え?!なにそれ!それくらい教えてよ」
「んー、まあいつかな。それより、この後昼飯やろ? 宍戸とか岳人連れてくるから、みょうじも葛西連れて一緒に食べよ」
「んん・・・うん。食べる」

 肝心なところを誤魔化されてしまった。でも、忍足くんとお昼! 二人きりじゃないにしろ初めてだ。それだけで簡単に気分が変わってしまう私は、相当ちょろいのかもしれない。

「ほんなら、早速呼び行こ・・・ッ危ない!」
「え、きゃあっ!」

 急にぐいっと忍足くんに腕を引かれて、思わず忍足くんの胸に飛び込むような形になってしまう。背後で勢い良く、ガランガランッ!と固いものが倒れてぶつかり合う音がして、ひやっとした。びっくりして後ろを見ると、立て掛けてあったはずのポール数本が倒れていた。

「っ大丈夫か? どこもぶつけてへんか」
「だ、大丈夫・・・び、びっくりした」

 忍足くんが助けてくれなかったら、頭に直撃してたかもしれない。さすがにこれが何本もぶつかったらひとたまりもない・・・なんで、こんなこと。
 すぐに体育の先生が飛んで来て、ポールの片付けと管理の不備を謝ってくれた。でも、先生は悪くない。私が気付かなかっただけで、誰かが私にぶつけようと倒したんだ。

「ごめんね、忍足くん」
「みょうじが謝ることやないやろ。ほら、飯行こ」

 優しく声をかけてくれる忍足くんに頷いた。忍足くんのこと、大好きで、一緒に居たいって強く思う。でも、それをよく思わない子達が居て・・・どうしたらいいんだろう。間違いなく忍足くん絡みで、恐らくユリカちゃん周辺の子達。忍足くんに、このことを相談するべきなんだろうか。でも明確な証拠は無いし、元々付き合ってた子のこと悪く言うのも気が引けて・・・。隣を歩いてる忍足くんを見ながら、もやもやと考えていた。





[ PREV | NEXT ]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -